第15話 緋三虎誘拐事件
静かな教室。
退屈な授業。
そこに、何故か緋三虎がいなかった。
朝から、パフェはそのことばかりが気になっていた。
そこへ、不安を駆り立てる、廊下を走る騒がしい音。
教室の扉が、勢い良く開かれた。
「李花ちゃん!」
虎白だった。
「な、何です、あなた。……おや?」
このクラスの担任の先生が、運が良いのか悪いのか、今、この授業を受け持っていた。
だから虎白の顔に、何となく見覚えがあった。
緋三虎の無断欠席という、パズルのピースもあった。連想しやすかったのだろう。
「先生、事情は校長先生に聞いてくれ。事態は急を要する。
今日一日、結城さんを貸していただく」
「結城さん……?この人を知っているか、結城」
「ええ、久井さんのお父さんです。
少々、気になる事もありますので、席を外してもよろしいでしょうか?」
今、この瞬間に、パフェに好意を抱いたクラスメイトが倍増した。普段のパフェからは、信じられない程の丁寧な物腰だった。
二人で廊下に出るなり、パフェは事情の説明を求めた。
返答は、至ってシンプル。
「緋三虎が誘拐された!」
「嘘つくんじゃないわよ!」
その怒鳴り声で、折角上がったパフェの好感度が、半減して元通りになった。
「生半可な相手に、誘拐される筈が無いでしょう!?」
「だからって、自分で切り抜けろと、突き放せるか?仮にも、女の子だぞ?」
「『仮にも』って何よ!自分の娘に、失礼だとは思わないの!?」
「おう……!それが嫌われる一因か……」
「知らないわよ!
……それで、警察には?」
「連絡するなと、緋三虎が言った」
「身代金は?」
「1500万。娘の命と比べたら、端金だ。払えば無事に帰って来るのなら、支払う準備は整っている」
「狂言の可能性は?」
それを言われると、虎白には返す言葉は無い。
狂言でも無ければ、鋼鉄のワイヤーで腕の動きを封じられた程度では、犯人を返り討ちにしている筈だ。
もし、緋三虎がマジで危険な状態にあるとするならば。
「薬……という可能性があるな」
「何の薬?」
「麻薬の類だろう」
虎白の、得意分野だ。
「調べは進んでいる?」
「怪しいと睨んだ組を二つ三つ、潰したが、手掛かりは得られなかった」
「……結構、悠長な事してるわね」
「大事な一人娘だぞ!どれだけ大事にしていると思っている!?」
「パニックな訳ね」
比較的冷静なパフェは、緋三虎のスマホに電話を掛けてみた。
『やっほー、李花ー』
能天気な緋三虎の声を聞いて、パフェは冷めた目で虎白を睨んだ。
「親子で人をおちょくっているなら、殴るよ?」
「マジだって!」
ちょっとパフェは考え込んで、それから緋三虎に確認をしてみた。
「緋三虎。アンタ、何やってんの?」
『誘拐されちゃったー。たぁーすけてー』
無言でパフェは虎白の腹をぶん殴る。
「い、痛ぇって、李花ちゃん……」
「もしもし、緋三虎。アンタ、一人で帰って来られるでしょ?」
『うーん……監禁されてて。どうしよう?』
「ドアなら蹴破りなさい」
『私ぃ、方向音痴だしぃ』
今度は、踵がめり込んだ。
「緋三虎。アンタ、虎白オジサンの命が惜しいのなら、今すぐ学校に来なさい」
『うーん……。どうしようかなぁ……』
スマホを虎白に渡すと、「命乞いをなさい」と脅すパフェ。
「助けてくれ、緋三虎。李花ちゃんに殺されちまう……」
『えー。お父さんの命に、身代金を支払う価値なんてないしぃ……』
呆然となる虎白の頬を伝う、一筋の涙。
『そんなことよりぃ。私の身代金1500万。持って来て。
住所は――』
パフェがそれを虎白から聞き、眉を顰めたりしてみた。
「祖父ちゃんの別荘じゃない」
祖父ちゃんと言っても、ここでパフェが言ったのは、遠いご先祖様のことを示す。
普段はどこだったか、外国の田舎に住み、時々、札幌の別荘に遊びに来る。
パフェの家とも、近い場所だ。
「……研究の資金が尽きた、とか?」
「李花ちゃん。俺だけ、話が見えていないようだが」
「放っておけ、……と言いたいところだけれど、心配なのは分かるから、行きましょう」
虎白からスマホを受け取ると、もう通話は切れていた。
「1500万、ドブに捨てても良い?」
「比喩か?文字通りなら、断る」
「比喩よ。……何か、予想がついてきた」
パフェのご先祖様である、ラルクバルト・ジーク・ドラキュラは、緋三虎とも面識がある。
訳の分からぬ研究に、資金が無くなり、泣きついて……。
祖父さんと、緋三虎の性格から考えると、その可能性が高そうだった。