第11話 輝の可能性
「救急車を呼べ!」
「そんな、大袈裟な……」
パフェは虎白に近寄り、起き上がらせるとその背に向かい、“氣”を叩き込んだ。
「グフッ……!」
苦しそうに、意識を取り戻す虎白。
「さ、三途の川を見た……。し、死ぬかと思った……」
いっそ、死んでしまった方が楽だったのかも知れない。
「緋三虎ぉー。アンタ、手加減しなかったでしょう?」
「だって……李花があんな事言うから」
ここまでになると思っていたら、パフェも嗾けはしなかっただろう。
「虎白オジサンも、油断してたでしょ?」
「ああ。我が娘ながら、天晴れ……」
それで済む辺りが、人間離れしている。
「うーん……。パワーじゃ、緋三虎の方が上なのかなぁ?」
「李花は、手加減したでしょ?」
「あんまりしてないよ」
「しろよ、馬鹿……。
先にあの一撃が無かったら、多分、耐えられたぞ」
虎白の言い訳を、緋三虎はカッコ悪いと思う。だから、李花の父親が、余計に恰好良く思える。
「お前らが男だったら、俺は放っておかないんだがな」
「アタシは生まれ変わってもアーチェリーをやってるわ」
「李花が強いってことは、狼牙オジサンは、もっと?」
「ああ、奴は相手を殺しちまうから、格闘家に向かない。……次元が違い過ぎる」
「……父さん、戦ったことがあるの?」
「俺より強い奴が、敵わなかった。
奴より強いのは、奴のご先祖様だけだ。
……ある意味、奴の奥さんは奴より強いがな」
「そうなの!カッコ良いのよ、私のお母さん!」
女の子のマザコンは、珍しいだろうか?パフェは、それだった。
「オヤジなんて、言いなりよ?」
「……それって、『強い』の意味が違うと思うの」
「私も、ああいう母親になりたいって、ずーっと夢見てる。でも……無理かなぁ?」
緋三虎の脳裏に、パフェの尻に敷かれるウィリアムという構図が思い浮かんだ。
「なれそうに思えるけど」
「あーあ。もっと美人に生まれたかった」
パフェは、一円玉を噛まずに黙って立っている分には、少なくとも外見は十分過ぎるほど美しい。
が、普段の言動と性格に問題がありそうなことは、緋三虎は思っていても言えなかった。
それは、友情に罅が入りかねない発言だ。
「緋三虎は……なれそうよね。相手を選びさえすれば」
「李花は、相手がいるじゃない」
「……ウィリアムのこと?」
まただ。眉間に皺を寄せ、また美しい顔が台無しだ。
「アイツは、論外!あんなんで妥協はしたくないわ」
「じゃあ……例えば私が貰っても良いの?」
「駄目。アイツは一生、アタシの奴隷」
ウィリアムの最大の不幸は、パフェに出会ってしまった事であるに、間違いあるまい。
「そんなに従えたいなら、いっそ僕にしてしまえば?」
「緋三虎。その話題は、無しよ」
展開次第で『ヴァ』に絡む話になりそうだった。
パフェは、きっとその気配を察したのだろう。
「輝さん、可哀想……」
「そういう星の下に生まれた奴なの。同情する必要は無いわ」
「けど……あの人、意外に悪くないと思うんですけど」
「うん。でも、良くも無い」
そうだろうか。
顔は……確かに、イマイチかも。
頭は、パフェなんかは比べ物にならない程、良い。
アーチェリーの腕前も、パフェに比べれば劣るが、今、男子の日本一を競ったら、かなり上位に食い込むことは、間違いない。
性格が暗いのが難点か。
だからこそ、緋三虎から見ると、好印象。『ヤ』の世界からは、程遠い。だから。
「厳しいなぁー、李花の評価」
「だって。未だ、芸能界にも。私の理想とする男性はいないもの」
「……それって、狼牙オジサンと比較してない?」
「あの程度は、最低限の条件。
私は、もっと良い男を捕まえるんだ」
「……不可能よ」
「大丈夫。三十前には妥協するから」
「輝さんに?」
「だから、何でそこでアイツの名が出るの!
それとも、何?緋三虎って、ああいうのが好みなの?」
緋三虎は「うーん」と考え込む。
「……うん。そうかも知れない」
「マジぃ?妥協し過ぎよ!」
「でも、オリンピックのメダリストにでもなったら……人気、出るよ?」