李花の実力

第10話 李花の実力

 虎白が、ジムを経営しているなんて話は、緋三虎もつい先ほどまで、忘れかけていた。
 
「テメェら、ちょいと上半身を見せてみろ」

 道着に着替えた野郎二人は、すぐに上半身を脱がされた。
 
「……成る程。多少は、鍛えた痕跡が認められるな」

 軽く触れて、筋肉の質を確認。虎白の表情は、やや不満げだった。
 
「虎白オジサン、アタシらは帰って良い?」

「遊んでけよ。お前の存在は、良い刺激になるんだからよ」

「緋三虎と一緒なら、ね」

「俺が頼んでも無理だ。……俺が父親として失格だなんてまで言うんだぜ?」

「……そうなの?」

 パフェの問いに、緋三虎は頷く。
 
「ちょっと、遊んで行こうよ。ね、緋三虎」

「……こんな所で?」

「結構、面白いもンよ。

 あー、大和やまとさんがいるー!」
 
 奥で、サンドバッグを叩いていた男が、ビクッと震え上がった。
 
「ひーみこっ。あの人と、手合わせしてみたら?

 結構、人間離れした強さなのよ?」
 
「私は……」

「とにかく!まずは着替え!

 大和さん。逃げたら……分かっているでしょうね?」
 
「ハ、ハハハハ……」

 乾いた笑い声で、硬直する大和。顔が、蒼褪めてすらいた。
 
「テメェら、ちょっと待ってろ。

 大和。テメェ、俺の娘にもし傷一つでもつけてみろ。意味は……分かるな?」
 
「は、はい……」

 滅多に使われることの無い女子更衣室から、二人が着替えて出て来るのは、さほど遅くなかった。
 
「先に、アタシに遊ばせてね。

 リング、借りるねー。
 
 大和さーん。相手してー」
 
 空手男が、ふと気が付いてこう言った。
 
「見たことあるぞ。あの、大和って人」

「プロの格闘家だ。テレビにも一度ならず、出たことがある。

 後で、軽く相手をしてもらえ」
 
 その、プロの格闘家を、パフェは簡単に圧倒する。
 
 スピードだけを比べても、その大和という男はまるで相手にならない。
 
 パワーなら優っているかと言うと、パフェはヘッドギアを付けた大和を、一分足らずでノックアウトさせた。
 
「大和さぁ~ん。ちゃんと練習してるぅ~?」

 不満げなパフェは、緋三虎をリング上に呼んだ。
 
「本人は望んでいないだろうが、女子の格闘技で競ったら、大抵の競技で、アイツは頂点を極める。

 男でも、勝てる奴はそう多くない」
 
 そのパフェと、緋三虎が互角に戦うのを見て、虎白は驚いた。
 
「李花ちゃん、手ェ、抜いてるのか?」

「ううん。怪我させない程度に、本気だよ?」

 しばらく絶句する虎白。
 
「し、知らんかった……。俺の娘が、こんなに強いなんて……」

「あのー……」

 空手男が、恐る恐る声を掛けた。
 
「俺たちを鍛えてくれるんじゃ……」

「馬鹿言え!こんな試合、金出しても滅多に見られるもンじゃねぇぞ!

 見て、参考にしろ!それが最初のトレーニングだ!」
 
 試合は、引き分けで終わった。お互いの拳を、相手の顔面に寸止めすることで。
 
「へへっ。やるね、緋三虎」

「あなたもよ、李花」

「アタシは、たまにここで鍛えてるの。だから、勝つつもりだったんだよ?

 緋三虎は、何かトレーニングしてる?」
 
「いいえ。思うが侭に動いただけよ?」

 拍手が巻き上がる。気付けば、ジムにいた全員が注目していた。そして――
 
 大和が、自信を喪失していた。
 
「緋三虎の、パワーを知りたいのよね。

 アタシは、サンドバッグを打ち破れる。
 
 多分、緋三虎もそう。
 
 だから、虎白オジサンの腹筋を借りるしかないのよね」
 
 リングから、ロープを軽ーく飛び越えて降り、二人で虎白に近付く。
 
「虎白オジサン、腹筋、貸してー」

「いいだろう。

 大和。この二人を鍛えてやってくれ」
 
 虎白は、気合を入れて上半身裸になって、腹筋に力を込めた。
 
「いいぞ」

 おもむろにパフェがパンチを繰り出すと、虎白の表情が苦痛に歪む。
 
「……パワーアップしたな」

「そう?

 じゃ、次は緋三虎。日頃の鬱憤うっぷんでも晴らすつもりで叩いてあげなよ」
 
「……うん」

 グローブの具合を確認して、緋三虎が構える。
 
「虎白オジサン、足も踏ん張ってね」

 緋三虎は、手加減しまい。そう思っての、パフェのアドバイス。
 
「おう!」

 軽く答えた虎白。その腹に叩き込まれる、緋三虎の拳。
 
 ドンッ!
 
 緋三虎の本気の一発は、虎白を吹っ飛ばした。
 
 コンクリートの壁に、かなり強い勢いで叩きつけられた虎白は、その場に倒れ――
 
「つ、強ぇ……」

 そう言い残して、気を失った。
 
「虎白サン!」

 ジムの中が、にわかに騒がしくなる。
 
「救急車を呼べ!」