第40話 『ルシファー』
バサッ。
ハァッ、ハァッ、ハァッ……。
楓は、悪夢に起こされた。
悪夢とは、他でもない。あの東矢が死んだ時に受け取ったイメージだ。
体の至る所にグングニルが突き刺さり、滅茶苦茶な苦痛を感じ、最後に頭にグングニルが突き刺さって意識がブラックアウトする。
このところ、楓は毎日、その夢にうなされていた。
死の恐怖は、こんなものかと思い知らされた。
死ぬのが怖いと、その夢を見た時に初めて思った。
だだ、その恐怖からも、明日――いや、もう今日か――を境に逃れられる筈だ。
何しろ、今日は対デュ・ラ・ハーン用プログラムの完成予定日なのだから。
時計を見た。まだ、朝の4時だ。楓は再び眠りに就くことにした。
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研究所に向かう車の中、楓は昨日までと同様に、テレパシーで香霧との接触を試みてみた。
だが、成功しない。
24時間、レオパルドを展開しているのだろうか?……いや、香霧には、それだけの能力は無かった筈だ。
ならば、キャットか?いや、キャットならば、余程用心していない限り、一瞬でも、テレパシーでの接触に成功している筈だ。
そのどちらでも無いとするならば、香霧とのテレパシーによる接触には一瞬でも成功しているとして、それからCATされるまでの間、心が空虚に満たされているということだろうか。
その可能性は、あり得ない訳では無い。少なくとも、前述した二つよりは可能性が高い。
――会いたい。
楓はそう思った。会わなければ、香霧を助ける事は出来ない。
夏休みが終わるまで待とうとも思ったが、楓にはそれまで待つだけの我慢が出来そうに無かった。
電話を掛けても良いのだが、テレパシーを拒むという事は、話したくもないということだろう。
相手が楓だと分かったら、電話を切られてしまう可能性は高い。
――まだ、兄の死に引きずられているのだろうか?
それとも、恐怖に押し潰されそうになっているのだろうか?
とにかく楓には、香霧の様子が気になって仕方が無い。
楓ですら、悪夢に苛まれているのだ。香霧が、その程度で済んでいるとは思えない。死んだのが、仲の良かった兄だけに、余計に。
楓は、母・睦月に相談しようかとも思ったが、睦月に解決出来る問題とは思えない。
それならばいっそ、紗斗里に相談した方が良いのではないかと思える位に。
そう、紗斗里に相談しよう。
楓はそう心に決め、研究所に到着するのを待った。
そんな時に限って、いつもより余計に信号に引っ掛かったりして、時間が掛かっているように感じるものだ。実際には普段と変わり無かろうが、だ。
30分も掛かっていないのに、1時間以上の時間が掛かったように、楓は感じた。相対的時間の流れ、という奴だ。
研究所に到着するなり、楓はすぐに紗斗里とネットを組んだ。
考えている事をイチイチ説明するより、心を読んで貰って事情を知って貰う方が早いと判断してのことだ。
「やれやれ。自分も悪夢に苛まれているというのに、まずは友達の香霧ちゃんの心配ですか。
ま、楓のそういう所は、僕は嫌いではありませんよ。
時間はあるのですから、直接会いに行ったらどうですか?」
「拒むのを強引にというのは、僕は好きじゃない」
「強引に行っておいた良いと、僕は思いますよ。
香霧ちゃんの心を読めなくなった原因が、何にあると思っています?」
「……分からない」
「手遅れになっている、という可能性があるのですよ。
ほら、東矢さんの一件で起きていた、あの現象ですよ」
楓は目を真ん丸に見開いた。
「そんな……。まだ1か月と少しって程度なのに、早過ぎる!」
「個人差があるということでしょう。
中でも香霧ちゃんは、極端に早い方だった、と考えるのが妥当でしょうね」
「今すぐテレポートで――」
「待った!」
サイコワイヤーを伸ばし、テレポートの準備をした楓を、紗斗里は声を張り上げて制止した。
「今の楓に、何が出来ると言うのです?
僕の組み上げたプログラムを搭載してからでも、遅くは無いでしょう?」
「なら、急いで」
「じゃあ、プラグを繋いで下さい。
増幅率はかなり高いから、素のままの楓では制御し切れないでしょう。
最初はトランスして、僕が制御します。
念の為、その逆の能力を持つソフト、デュ・ラ・ハーンの持つ能力の一部でもある、『Tiger White』ビャッコも組み上げておきましたから、楓が制御出来る程度のレベルに、それで調節しましょう。
準備して下さい、楓」
「準備……って言われても、――プラグを繋ぐだけで良いの?」
「もちろん!」
楓は、恐る恐る紗斗里のプラグに手を伸ばし、後頭部の髪を掻き分けつつ、ソケットにそのプラグを差し込んだ。
楓の予定では、それだけで対デュ・ラ・ハーン用プログラムは感染し、発動する筈だった。
だが、紗斗里の考えもそんなに浅くは無い。
プラグを繋ぐと同時に感染するプログラムなど、組んではいなかった。
しかし、それはただ、プログラムを完全な形で完成させてはいないというだけで、あとひと文字分、書き上げれば完成という段階に達していた。
楓の目つきが変わった。トランスし、『紗斗里モード』が発動している。
「さて。まずは『ビャッコ』を搭載しましょうか」
「大丈夫なんでしょうね?」
不安そうに尋ねる睦月に、紗斗里はサムズアップした。
「心配無用!
僕のプログラムは完璧ですよ」
「なら良いんだけど……」
「念の為、12個全部に搭載しようかな?そこから調節するのが妥当か」
何をしているかを、見ているだけでは分からないが、紗斗里は、その作業を楽しんでいるようだった。
「よし、終了。
ここからが勝負だ。
対デュ・ラ・ハーン用プログラム『ルシファー』発動!」