試してみる

第32話 試してみる

「……試してみる」

 そうは言ったものの、詳しい解説も無しに、それの実行を求められては、手段の講じようも分からない。
 
 せいぜいが、「小さくなれ、小さくなれ」と念じる程度だ。
 
 勿論、その程度で何かが起こる事は無かった。
 
「うーん……。デュ・ラ・ハーンに聞ければいいんだけどなぁ」

 『デュ・ラ・ハーン』!その言葉が切っ掛けとなった。
 
 楓の心の中で、デュ・ラ・ハーンの第二の人格が楓に対して語りかけて来たのである。
 
『知りたいか?』

「え!?」

 それが、デュ・ラ・ハーンの第二の人格の声であることは、楓は最初、予想だにしていなかった。
 
 だが、声の質で暫しの後にはそれに気付くことが出来た。
 
『デュ・ラ・ハーン。どういう事?』

『ふっふっふ。その男はな、既に死への準備が整っているのだよ。

 脳が、死にかけているのだ。
 
 勿論、フェンリル以外の如何なる行為によっても、それを知る事は出来ない。
 
 自覚症状も無い筈だ。
 
 その男は、1週間以内、長くても10日以内に死ぬ筈だ。
 
 その瞬間まで、フェンリルを使い続けてみろ。面白いものが見れるぞ』
 
『面白い物、って?』

『ふっふっふ。それは言えない』

『じゃあ、プラグが誤作動を起こすのも?』

『それはその男の体質だろう。

 プラグシステムが体質に合わないという例は、いくらでも見られる』
 
『香霧の家にいた時には、東矢さんにもフェンリルが通用したんだけど……』

『タイミングの問題だろう。ただそれだけだ。

 その証拠に、その時に読み取った情報の中に、ノイズが混じっていただろう?』
 
『念じた声がやけに大きかったのは?』

『それも体質と、それの他に思念が無かったせいではないか?

 サービスでここまで話したが、それもここまでだ。
 
 私は、再びソフトの中に眠らせてもらうよ』
 
『最後に一つ!』

 強く、楓は呼び掛けた。そうしなければ、デュ・ラ・ハーンの第二の人格が、眠ってしまうと考えたからだ。
 
『彼を助ける方法は?』

『こうなったら、手遅れだ。

 私の理論上、助ける事は不可能。
 
 それまでに力を手に入れる能力を持っていながら、それを引き出す努力をしなかった彼の怠慢。自業自得だ。
 
 夢にも、助けようと思わない方が良い。
 
 それよりは、君が助かる可能性を1%でも良いから高める努力をすることだな』
 
『……』

 楓は、それを伝えるべきか否かを考えていた。が、東矢の方がこう言い出した。
 
「今の会話、全部聞かせて貰ったよ。

 読心までは出来なかったけど、フェンリルのテレパシーという特性は残されていたから、強く念じた事は伝わるんだ。
 
 努力はしたんだけどねぇ。才能が無かったんだろう。
 
 その分、知識だけは徹底的に集めたんだけど……。
 
 それを保存したメモリーワイヤーが反応しなくなってね。
 
 帰りにでも、君に譲ろう」
 
「ありがとうございます」

「フェンリルが通用しなかった理由は、僕にも心当たりがあったよ。

 僕がデュ・ラ・ハーンに感染したのは、丁度この位の時間だ。
 
 来るべき時が、遂に来たという訳だね。
 
 まだ、多少の日数は残されているが、恐らく助からないだろう。覚悟は出来ている。
 
 ……実は、思い残したことが、一つだけあるんだ。
 
 香霧を助けてあげたい。
 
 デュ・ラ・ハーンは、香霧に渡さず、処分してしまうべきだったんだ。
 
 楓ちゃん。必ず助けてくれとは言わない。香霧がデュ・ラ・ハーンのせいでせいで死んでも、それは自業自得だ。
 
 だが、せめて香霧を助ける為に、出来る限りの努力をしてくれるよう、約束してくれないか?」
 
「言われるまでもありません。香霧は、僕の数少ない友達だから。

 香霧を助けるよう、全力を尽くします。
 
 それは同時に、僕が助かる為の努力に等しいですから」
 
 思い残す事は無い。東矢は、そう思ったのだろう、ニコッと笑顔を浮かべた。
 
「ありがとう。

 こちらのお願いだけを聞いて貰うのは不公平かな?
 
 僕に出来る事なら、何か願いを聞いてあげるよ。出来るだけ叶えると約束しよう」
 
「それじゃあ……あなたが死ぬまで、フェンリルによるサイコワイヤーを繋ぎ続けさせて貰えませんか?」

 今度はニヤリと、らしくない笑みを浮かべて答える。
 
「例の、面白いものが見れるっていう、アレだね。

 構わないよ。むしろ、ヒントとして見ておいて欲しい。
 
 そんなことで構わないのかな?」
 
「うん。それで十分。

 超能力の知識も分けてくれるとも言っていたし、何かお礼をしたいぐらい」
 
「そうかい?なら、お願いしてみようかな?

 香霧がね。僕が、女性の裸を見る為にばかり超能力を使っていると思い込んでいるらしいから、その誤解を解いてくれないかな?
 
 僕には、透視能力は無いんだよ?
 
 ただ、そういうことばかりしている人もいるって話をしたら、『お兄ちゃんもそんなことばかりしているんでしょ?』って決め付けられて、非常に迷惑なんだよ。
 
 一度でも、僕の記憶を覗いたのなら、分かってくれるだろう?」
 
「注意して記憶してなかったから、分からない。

 でも、東矢さんの能力は随分と低い事は分かったから、確かに透視能力は無いって話は本当かも知れない」
 
「俺も保証しよう。

 古賀先輩は、そんなことばかりする人じゃない」
 
「え~。お兄ちゃんみたいなタイプって、絶対むっつりスケベだよ」

「そ、そんな言い方、酷すぎるぅ~」

 妹にそう言われ、傷ついたのか、東矢は頭を抱えて絶叫した。
 
「むっつりかどうかはともかく、古賀先輩に限らず、男は大概スケベだろう」

「分かった!あなたが女性の裸ばかり覗いている人なんだ!」

「仮にも俺は、クルセイダーのリーダーだ!俺にそんな暇は無い!」

 本気で怒ったらしく、谷内は叫んだ。
 
「嘘ばっかり。こんなことをしている暇があるじゃない。

 それに、暇が無いなら、どうしてあの喫茶店に居たの?」
 
「それは、待ち合わせを――あ!」

 谷内は焦って時計を見た。
 
「時間だ!もう帰ってくれ。

 そのパーカーは、君にやる!
 
 活用して、セレスティアル・ヴィジタントを滅ぼす切っ掛けを作ってくれ!」
 
「ありがとう。お礼に、あそこまで送ってあげる」

「必要無い!

 仮にも俺はクルセイダーのリーダーだ。あそこにテレポートするだけの能力は持っている。
 
 さあ、早く出た、出た。
 
 もう10分の遅刻なんだ。急いでくれ」
 
 こうして3人は、追い出されるような形で谷内の家から出て行く事になった。