心の声

第31話 心の声

『ようやく、巡り会えた』

 デュ・ラ・ハーン、ではない。あの、デュ・ラ・ハーンに眠る第二の人格からのメッセージだ。
 
『私は、この時を予知していた。この時の為のアイテムなのだよ、コレは』

 そう言う割には、楓がネットを組むことを予知しきれていなかったりと、穴はある。
 
『君は、間違いなく1年以内に死を迎えるだろう。

 だが、恐れる事は無い。君には、第二の生が待っている。
 
 但し、その為にはデュ・ラ・ハーンとの戦いに勝たなければならない。
 
 その為に必要なのは、「イージス」と「グングニル」という二つの能力だ。
 
 イージスは、グングニル以外の全ての攻撃を防ぐことが出来る。
 
 例えば、ライオンでは防ぐことの出来ないドラゴン亜種・「サラマンダー」や「イール」もだ。
 
 そして、グングニルはデュ・ラ・ハーンが持つイージスを唯一貫くことが出来る攻撃手段だ。
 
 今、君はその二つの能力を手に入れているだろうか?
 
 私の予知では、手に入れている事になっている。
 
 そして、デュ・ラ・ハーンに勝った暁には、セレスティアル・ヴィジタントを滅ぼして欲しい。
 
 その名を、知らないとは言わせない。
 
 これは予知では無いが、私の予想では、君にとっての現在、セレスティアル・ヴィジタントは世界最悪の犯罪組織と化している事だろう。
 
 願わくば、君がセレスティアル・ヴィジタントの一員では無い事を祈る。
 
 デュ・ラ・ハーンに勝った時、君は世界最高の超能力者となり、物質の構成能力すらも得て、その力で自らの新しい肉体を作り出す事だろう。
 
 そしてその肉体には、ありとあらゆる超能力に適性があり、そしてデュ・ラ・ハーンの束縛からも放たれている筈だ。
 
 そして永遠の命を得て、一人でもセレスティアル・ヴィジタントと渡り合える筈だ。
 
 どんな手段を使っても良い。どうか、セレスティアル・ヴィジタントを滅ぼしてくれ』
 
「……セレスティアル・ヴィジタントって、そんなに有名な犯罪組織かなぁ?」

 デュ・ラ・ハーンに絡んでから知ったその名に、楓は彼の遺したメッセージに、そんな感想を抱く。
 
「ねえ、谷内さん。ちょっと、セレスティアル・ヴィジタントについての詳しい知識を強くイメージしてくれる?」

「何故?」

「このパーカーの中にあるメモリーワイヤーにデュ・ラ・ハーンが感染したら、メッセージが聞こえて来たの。

 それによれば、セレスティアル・ヴィジタントは世界一の犯罪組織になっている筈らしいんだけど、その辺がどうなのかなぁ、って疑問を持ったから」
 
「あ、それ、僕も聞きたいなぁ。

 僕も、クルセイダーの主な活動としている、セレスティアル・ヴィジタントの日本への侵攻阻止という目的から考えるに、果たしてセレスティアル・ヴィジタントにそれだけの脅威があるのかと疑問に思っていたからね。
 
 実際、デュ・ラ・ハーンに感染したモラルの無い人間は、その全てが危険なんじゃないかな?
 
 セレスティアル・ヴィジタントに限らず、キラーに属している者は特に。
 
 クルセイダーも例外じゃないと思うよ」
 
 東矢と谷内は、お互いの顔を見ながら苦笑いした。
 
「悲観的な事を言いますね。否定できないのが悲しいですよ。

 正確な結論を述べよう。
 
 セレスティアル・ヴィジタントは、世界一の犯罪組織たる可能性を秘めている。が、世界一の犯罪組織と化す可能性はゼロに等しい。
 
 何故なら、その構成員の全てが、1年という短く定められた寿命を持っているからだ。
 
 破滅的な行動に出れば、核兵器・核施設を利用し、世界を滅ぼす事も出来る。
 
 だが、それはどうやら禁じられているらしい。
 
 私欲に走る者は数多いらしいが、強盗・強姦等、デュ・ラ・ハーンが無くても出来るような犯罪がほとんどだ。
 
 タチが悪いのは、従来の警察の捜査に対しては証拠を残さない完全犯罪が容易という点だが、従来、完全犯罪であった犯罪の犯人を捜し出す事も可能だ。
 
 証拠を残していない為、その犯罪の立証は難しいがな。
 
 おっと、聞かれていたのは、セレスティアル・ヴィジタントの詳しい実情だったな。
 
 けど、正直、俺ってセレスティアル・ヴィジタントについて詳しくないんだよな。
 
 むしろ、古賀先輩の方が詳しいんじゃないかな?」
 
「僕?」

 東矢が、自分自身を指差した。
 
「僕だって、セレスティアル・ヴィジタントについてはそんなに詳しくないよ。

 試しに、フェンリルで読み取ってみたら良いよ」
 
 これには、楓に限らず、3人が驚いた。
 
「え?いいの?」

「古賀先輩。余計な事まで読まれて嫌とかいう感情は抱かないのですか?」

「お兄ちゃん、やましい事とかって、無いの?

 私も少ない方だと思っているけど、それでも楓ちゃんの心を読み取りそうだと思った時には、入り込んで来る情報をコッチから断ち切ったよ。それが礼儀だと思って」
 
 3人の反応に、逆に東矢は狼狽えて、こう答えた。
 
「いや、だって、僕、記憶力ってものを喪失しているから……」

「「「は?」」」

 プラグシステム大流行のこの時代に、何を言っているんだと、呆れて反応した3人。
 
「ソケットも1つしか無いし、それに、プラグを差し込んでも反応しない事がたまにあるんだよね。

 こないだも、色々と記憶を詰め込んだプラグが反応しなくなっちゃって、脳に記憶しておかなかったから、困ってたところなんだけど……」
 
「脳を検索して、原因の究明に手を貸しますか?」

 東矢は思案の末、頷いた。
 
「出来る事なら」

「すぐに結果が出るとは限りません。

 紗斗里ともネットを組んでおいて、正解だった」
 
 すぐに楓は、東矢と手を繋ぐ。
 
 途端に流れ込む、大量の情報……の、はずが。
 
「あれ?

 東矢さん、抵抗してます?」
 
「いいや。

 何かあったかい?」
 
「フェンリルを使っても、心が読めないんです。

 試しに、心の中で声を出してみて貰えますか?」
 
「お安い御用だ」

 東矢は、口で言う訳でも無いのに、何故か咳払いをしてから念じた。
 
『あー、あー』

「うわあっ!」

 その、何故か物凄く大きな音量での心の声に、楓は反射的に耳を押さえた。
 
「どうかした?」

「何で、そんな大きな声で念じたの?」

「大きかったかなぁ。僕としては、呟いた程度のつもりだったんだけど」

 それで、楓はピーンと来た。
 
「分かった!音量が大きいんだ!

 だから、鼓膜みたいなものが破れたりしないように……そう、フィルターみたいなものがかかっているんだ!」
 
「お兄ちゃん、何も考えていないからじゃないかなぁ?」

「何も考えていないって、まるで、僕が馬鹿みたいじゃないか、香霧」

 妹に「何も考えていない」と言われ、東矢は多少、傷ついたようだった。
 
「いや。何も考えていなくても、読心は出来る筈だ。

 古賀先輩、本当は何かしているんでしょう?」
 
「うーん……。雑念が多いのかなぁ?」

「そうは見えませんけどね。

 何か、ジャミングの手段を講じているんでしょう?」
 
「ジャミング……ジャミングかぁ……。

 そう言われると、何かしてそうな気が、僕もしてきたなぁ。
 
 何かしているのかなぁ?」
 
 肝心の東矢自身が考え込んでしまい、原因は謎のままだ。
 
 そこで香霧は、楓にこう提案した。
 
「楓ちゃん。フェンリルのボリュームは絞れないの?

 楓ちゃんの言う通り、お兄ちゃんが何か、フィルターにかけなければならないほどの大声で叫ぶような事を心の中でしているのなら、ボリュームを絞れば大丈夫な筈でしょう?」
 
「……試してみる」