イージス対グングニル

第29話 イージス対グングニル

 谷内が強く念じた思いに反応し、楓はイージスを展開した。
 
 谷内が放とうとしたのは、ほぼ全てのアンチサイに影響されない、最強の槍・グングニル。
 
 それが、楓へ向かって投じられた。
 
 対するは、最強のアンチサイであるイージス。
 
 接触した瞬間、超能力でしか知覚出来ない光を放って拮抗し、グングニルの勢いは完全に止められた。
 
 と思った瞬間、グングニルはイージスを突き破り、楓に突き刺さると、刺さったまま止まってから、しばらくの後、その輪郭が宙に溶けるように消え去った。
 
 楓の胸には、大きな穴が開いているが、出血は無い。
 
 グングニルで細胞が焼かれ、結果として止血されているという事だろうか?
 
 だが、どちらにしろ命はあるまい。
 
「……はっ!しまった!」

「楓ちゃん……!」

 香霧が、口元を両手で押さえ、そして悲鳴を上げる。
 
「イヤアアアアアアアアアア!」

「谷内!」

 東矢が、谷内の行動を咎める。が、既に手遅れ。誰もがそう思った。
 
 ガチャーン!
 
「ひぃっ!」

 マスターが、コーヒーを乗せたお盆を落として小さく悲鳴を上げ、走り去った。
 
 恐らく彼女の目的は、警察か救急への電話。
 
「ちぃっ!

 この死体、どうにかせねばなるまい。
 
 今、警察に捕まる訳にはいかない!
 
 テレポートで……って、コイツ、死んだ筈なのに、サイコワイヤーが消えていない上、俺のサイコワイヤーを捕らえてやがる!
 
 まさか、未だ死んでいないのか?」
 
 ジジッ。
 
 楓の意識の中に、ノイズが混じった。
 
『Hey,You!今は未だ、Youの死ぬ時では無いネ。

 幸い、Youには『GOKU-U White』ハヌマーンと、『Phoenix』の才能がある。代わりに使ってあげるネ。
 
 Youは、イージスに続き、グングニルを使うコツも、彼が使うのをフェンリルの能力で疑似体験することで手に入れた。
 
 Youこそが、革命の切り札になるかも知れないネ。期待してイマース』
 
 すると突然、楓の胸に空いた穴が消え去った。破れた服の奥に、確かに皮膚が見えている。
 
 楓は、完全に意識を取り戻した。
 
 動き出す楓に谷内と東矢は驚き、香霧は狂喜した。
 
「デュ・ラ・ハーン、リペアーも使っていってくれればいいのに」

 自分の胸の辺りに服が破れた跡を見て、楓はぼやいた。
 
 そしてすぐ、サイコワイヤーを操り、リペアーを胸の中央辺りの服の穴と、背中側の服の穴に施した。
 
「楓ちゃん、大丈夫なの?体に穴、開いてたよ?」

「大丈夫。デュ・ラ・ハーンに助けられたみたい。

 念の為、インターネットとネットを組んでおこう」
 
 何のための念の為なのか。答えは明白、二撃目のグングニルに備えてである。
 
 楓は、自分のスマホとネットを組んだ。
 
 世界中のコンピューターとネットを組んだ時のイージス。それなら、グングニルも防げるだろう。
 
 他にも、テレポートで逃げたり、グングニルを楓の方も繰り出して迎撃するという手もある。
 
 これ以上のグングニル対策は出来まい。
 
「もう、握手する必要は無いね」

 楓が手に込めていた力を抜くと、するりと谷内の手は抜け落ちた。
 
 手を繋ぐ代わりに、今度はサイコワイヤーを繋いで、フェンリルを作動させてある。行動の予測もバッチリである。
 
「……君だ」

「何が?……あ、そう」

 小さく呟いた谷内に、楓が聞き返したが、心を読んだのだろう、勝手に納得していた。
 
「場所を変えよう。

 マスター!いくらだ?」
 
 谷内が立ち上がり、カウンターの方へと向かった。
 
「に、二千二百円になります」

 動いている楓を見て、マスターはどう思ったのだろうか。
 
 恐らく、先程のが夢か幻だったのだろうとでも思ったのだろう。……根拠は無いが。
 
 谷内は1万円札を手渡し、「椅子の修理代も込みだ」と言葉を添えた。
 
「あ、椅子にも傷がついたんだ。直しておこう」

 楓のサイコワイヤーが椅子へと伸び、いとも簡単に椅子は修復された。
 
 谷内の、一万円札を差し出した手に力が込められ、震えている。次いで思い付いた案が――
 
「コーヒーカップの――」

「あ、それも」

 修復すると、湯気を立てるコーヒーカップの中には、何故かコーヒーまで元に戻った。
 
 覆水盆に返らずとは、楓には通用しない理屈らしい。
 
 谷内は最後に、僅かに迷ってから。
 
「迷惑料だ」

 そう決断を下した。
 
「いいの?」

 何故か、楓が問う。
 
「どうせ、汚れた金だ。その気になれば、また稼げる」

「あ、犯罪で手に入れたお金なんだ」

「違う!」

「じゃあ、どういう意味で汚れたお金なの?

 ……あ、な~るほど」
 
 答えようとした瞬間、それを読み取られて納得され、谷内にとっては調子が狂って仕方が無い様子だった。
 
「どういう意味だったの、楓ちゃん?」

「セレスティアル・ヴィジタントが盗んだ金品を取り戻す仕事をしたり、日本で主力を握るクルセイダーの手によって、セレスティアル・ヴィジタントの流れ者やキラーに属さないデュ・ラ・ハーン使いから、アンチサイ能力者を派遣して会社を守ったりした謝礼として貰ったお金なんだって」

「わ~、嫌だ。セレスティアル・ヴィジタントって、そんなことまでするんだ」

「そのくらいのことは、未だ、セレスティアル・ヴィジタントのやった犯罪の中では、未だ可愛い方なんだって。

 殺人位、日常茶飯事らしいよ」
 
 ここまでが、谷内の我慢の限界だった。
 
「頼むから――」

「フェンリルはもう使わないで、って?

 あなたが信用のおける人物だと分かったら、やめてあげる」
 
「古賀先輩。何とか言ってやって貰えませんか?」

 東矢は返答に頭を悩ませたが、結局、出て来た答えは、大して谷内を救う事の出来る答えでは無かった。
 
「心を読まれてもなお、信用を置けないと思われているんなら、仕方ないんじゃないかと僕は思うんだが……」

 はぁーっ。
 
 遂に、谷内は諦めた。
 
「分かった。もういい。もう――」

「うん、好きにする。

 じゃ、早くそのお金を店員さんに渡して。僕の力でテレポートするから」
 
 目的地は、既に読まれているということだろう。
 
 谷内にとっては、話が早くて良いのか、頭を悩ませれば良いのか、分からなくなってきた。……多分、後者だろう。
 
「あ、ありがとうございました」

 女性マスターが一万円札を谷内から受け取ると、4人は瞬時にして消え去った。
 
「ひぃっ!」

 それに驚いた彼女は、しばしの後、これは夢ではないかと頬を抓った。
 
 痛い。夢では無さそうだが、では、幻だったのだろうか?
 
 彼女はお盆を落としたところまで行ってみた。
 
 お盆の上には、三つのコーヒーカップに、しっかりとコーヒーが注がれて乗せられており、湯気が立ち上っていた。
 
 幸い、他に客は無かったので、彼女は即座に店を閉め、やがて到着した救急車に、精神科の診療を頼んで乗せてもらう事にした。救急車側からは嫌がられたが。
 
 結果、彼女は初めてデュ・ラ・ハーンの存在を知る事となった。
 
 医師曰く、彼女のようなとんでもない怪奇現象を目撃する患者と、デュ・ラ・ハーンに感染し、救いを求める患者が後を絶たないのだとか。