第27話 フェンリル
「話は妹の香霧から聞いているよ。
どうやら、香霧は君に恋しているらしくてね。
君が男だったら良かったのに」
「ちょっと、お兄ちゃん。余計な事言わないでよ!」
香霧の顔が赤いという事は、東矢の言っている事は本当だろう。
「それに、楓ちゃんが男だったら、魅力半減よ。
楓ちゃんは、女の子だから良いの。
男だったら良かったのは、私の方よ」
「僕の、どこがそんなに良いの?」
本気で疑問に思った、楓の素朴な疑問に、香霧は真っ赤になった。
「どこ……って……。
全部」
「僕より、香霧の方が可愛くて明るいのに」
「楓ちゃんのは、暗いんじゃなくて、奥ゆかしいの。慎み深いの」
「香霧には欠落している部分だね」
「うるさい、兄キ」
よせばいいのに、余計な事を言った東矢は、香霧に蹴りを喰らわされた。
「それで、何の用なんだい?」
「クルセイダーについて、詳しく話していただけませんか?ついでにセレスティアル・ヴィジタントについても」
聞いていた香霧が、「えっ?」と声を上げた。
「楓ちゃん、今の握手でお兄ちゃんに読心術を使ったんじゃないの?」
「しーっ!」
楓が唇に人差し指を一本立てるが、時既に遅し。東矢に事情を知られてしまった。
「読心術?……リード・マインド!フェンリルを使えるのか、君は!」
「フェンリルってな~に?」
香霧が訊ねる。東矢は、興奮した面持ちをしていた。
「リード・マインド。つまり読心術を行う超能力の事だよ!滅多に使い手はいないんだ!
それで、何の為にそんなことを?」
楓は、ばつの悪い面持ちで、仕方なさそうに答えた。
「デュ・ラ・ハーンのワクチンを作りたくて」
「それと、僕の心を読んだのと、何の関係があるんだい?」
「クルセイダーを通じて、セレスティアル・ヴィジタントの情報を聞き出したかったんです。
あなたからは、十分な情報を得られませんでした。
それに……ノイズが混じっていましたし」
「セレスティアル・ヴィジタント?そんなことまで、香霧は教えたのか」
「ううん。それは紗斗里から教わったの」
「紗斗里?」
「うん。詳しい事は言えないけど、武蔵研究所にあるスーパーコンピューターなの。
インターネットを検索して、デュ・ラ・ハーンに関わる情報を集めたら、セレスティアル・ヴィジタントが深く関わっている、ってことが分かったの。
それなら、同じくキラーチームであるクルセイダーから情報を収集すれば、少なからず有益な情報が得られるんじゃないかと思って」
「そのご期待に副える情報は手に入ったかな?」
何故か笑顔で、東矢は言った。更に続ける。
「いや、十分な情報は得られなかったと言っていたね。
ノイズというのは、何の事か分からないけど」
「リーダーに会わせて」
東矢は一拍、嘆息する間を開けて言う。
「「それは出来ない」」
東矢と楓の声が重なった。
楓はニコッと笑った。香霧にとっては、見逃せないシーンだ。
「言うと思った」
「それなら、そんな無茶な願いはしないで貰いたかったな」
「結果として、あなたを救う事になるかも知れないのに?」
「うーん……そう言われると迷うなぁ」
じっくり東矢の答えが出るのを待っていても良かったのだが、楓は急かせる事にした。
「あと8日が期限なんでしょ?急がないと、間に合わなくなるよ?」
「そうだけど、リーダーと会うのは気まずいんだよね。
分かってくれるだろう?僕の心を読んだのなら」
「リーダーが、後輩だから?」
「分かっているんじゃないか。だから、すまないけどお断りさせていただくよ」
それも予想通りなのか、楓はニコッと笑った。香霧にとって、今日は吉日だった。
「断るのなら、強引な手段を取らせていただきますが?」
笑顔で脅す楓に、東矢も笑顔で返すが。
「どうぞ。もっとも、君にそんな力があればの話――うわああああ!」
楓が展開した、100を優に超えるサイコワイヤーの数に、腰を抜かさんがばかりに驚いて、尻餅をついた。
「分かった、分かった。リーダーに会わせてあげるから、そんな物騒なものはしまっておいてくれ」
「ありがとう」
脅す時は笑顔なのに、礼を言う時には笑顔ではなく、真顔だった。楓は、笑顔の時が最も危険なのかも知れない。
「じゃあ、準備するから待っていてくれ。
リーダーの都合次第では、今日、会えるとは限らないけど、良いんだね?」
「駄目!今日じゃないと!
じゃないと、あなたにワクチンが間に合わない。
都合が悪いと言うのなら、強引に押し掛ける。
いくら都合が悪いと言っても、握手位は出来るでしょう?」
「まあ、そうなんだけど……。
でも、握手をする為だけに会いたいと言われたら、普通は警戒するんじゃないかな?」
そう言われてみれば、その通りである。
「じゃあ、今ここでテレパシーしてみる」
「あ、待った!」
「待たない」
楓から放たれたサイコワイヤーは、一本では無かった。
CATされることを想定して、全力でとまでは言わないものの、数十本は放たれた。
それが、僅かに軌道の違いはあれ、同じ方向に向かって伸びて行く。
数秒後、目的を果たしたのか、それらのサイコワイヤーは消え去った。
「やっぱり、会う必要がある」
「え?どうして?」
「クルセイダーのリーダーの条件って、あるの?」
東矢は暫し考えたが分からなかった。
「……いいや」
「恐らく、1日24時間、常にレオパルドを使える事。
だから、接触テレパシーじゃないと、読心術……フェンリルって言ったっけ?それが使えない。
だから、何とかして会わせて貰えませんか?」
「一応、電話だけしてみるよ。待っててね」