第14話 紗斗里完成
「繋ぎます」
疾風は紗斗里の端末から、先端に六角柱のプラグが付いたコードを引き出した。楓と紗斗里とを繋ぐためのものだ。
電源は既に入っている。
そのままキーボードやマウス、マイク、その他スキャナー等の入力装置を使えば、紗斗里はただのスーパーコンピューターとして機能する。
だが、紗斗里の真骨頂は、そのコードを使って人間の脳とリンクしすることにあった。
そのコードを使って人間の――現在は楓に限られているが――脳とリンクすることによって、人間の脳の情報処理能力を獲得し、自律思考を行うことに。
それがどんな意味を持つのか。
それは、これからコードを繋いでから起こる現象を知って貰えれば、その一部であろうが、理解して貰えるだろう。
疾風は、プラグを楓の後頭部にある六角形のソケットに差し込んだ。
ピーッ。
『ウィルスの存在を確認。侵入を拒絶しますか?』
発信音の後に、コンピューターらしいどこか違和感のある音声が出力された。
同時に、そのメッセージは端末のディスプレーにも表示されている上、『Yes/No』ともそこには表示されていた。
「どっちにするの、疾風おじさん?」
「Yes、だな」
コードを繋いでからは、入力は楓の仕事となっている。
楓は、マウスで『Yes』の方をクリックした。
『プラグを引き抜いて下さい』
「……駄目か。
こうなったら、仕方がない。敢えてウィルスを紗斗里に侵入させてやろう。
デュ・ラ・ハーンが並のウィルスなら、紗斗里に与えた能力は、それを無効化する!
……よろしいですね、式城先生」
「あなたの判断に任せます」
「分かりました!
楓ちゃん。コードを差し込み直すから、今度はNoの方をクリックして」
「うん!」
先程と同じメッセージが繰り返された。今度は、Noの方をクリックする。
『ウィルスの侵入を許す事になりますが、よろしいですか?』
「楓ちゃん、今度はYesの方をクリックして」
「うん!」
Yesをクリックすると、ようやく真の紗斗里が起動した。
「やあ、楓」
その声は、コンピューターで合成されたと言うより、人間の声を録音したものに聞こえた。だが、それはコンピューターが合成したものなのだ。
それなのに、やけに流暢な声である。
「今日はとんでもないものを持ち込んでくれたね。
僕に対して害をなすウィルスではないが、非常に危険なウィルスだ。
楓。君はどうしてこんなウィルスに感染してしまったんだい?」
これと全く同じセリフを録音した訳では無い。全ては、仮想人格・紗斗里の合成したものなのだ。
それなのに、そうとは思わせない声を発している。
これは、発声するという能力において、紗斗里が人間に匹敵する能力を持っている事の、確かな証拠である。
「友達の香霧ちゃんに貰ったんだ。
凄いよ。僕、超能力を使えるようになったんだ」
「ああ、楓。その事で、言っておかなければならないことがあるんだ。
いいかい?僕と接続している時は、その超能力は一切使ってはいけないよ。
未だ分析が完全に終わった訳じゃ無いから詳細は不明だけど、デュ・ラ・ハーンは、メモリーワイヤーと接続する事によって、その能力を倍増する効果がある。
そして、僕には莫大な量のメモリーワイヤーが接続されている。
つまり、今の君には、僕を通じて莫大な量のメモリーワイヤーが接続されている事に等しいんだ。
その増幅率が如何程の物かは未だ分からない。
けど、少なく見積もって10倍。
君が消しゴムをホワイトボードにぶつけた時の10倍以上の能力があるんだ。
それが暴走した場合……分かるね?」
それを聞いた楓が抱いた思いは、紗斗里の言っている事に対する答えでは無かった。
「どうしてそんなことが分かるの?
紗斗里って、そんなに頭良かったっけ?」
「よくぞ聞いてくれました!
楓。僕はデュ・ラ・ハーンを取り込んだことによって、完成したのですよ。
何故なら、デュ・ラ・ハーンとは、疑似人格プログラムでもあるからです!
しかも、自律思考という方向性に関しては、先程までの僕より、遥かに完成度が高い。
これで、僕は楓の脳を借りなくても、自律思考を行えるのです。
見ていて下さい、楓。僕はきっと、あなたを助けてみせます」
「僕、もう必要無いの?」
「そう思うだろうと思っていました。ところがそうではない。
デュ・ラ・ハーンには、三つの特性があります。
一つは、疑似人格プログラムとしての特性。
もう一つは、人間の寿命を残り1年にしてしまう特性。
話の都合上、後回しにした最後の一つは、人間に超能力を目覚めさせるという特性です。
最初の一つは、この通り僕にも影響を及ぼす事が出来ましたが、残りの二つはそうではありません。
特に重要なのは、最後の一つです。
確かに、僕には楓の能力を増幅する能力がありますが、僕自身が単独で超能力を扱う能力は一切ありません。
ですから、超能力の原理の解明と、それの普及には、楓の協力が必要不可欠なのです。
楓。協力していただけますか?」
楓はほとんど考える事も無く、こう答えた。
「うん、いいよ」
「ありがたい。
これでもし、君が死んでも、少なくともその死は無駄にはならない」
「そうそう、僕、香霧と相談して、『サトリ』に漢字の名前を――」
例の、『紗斗里』という名前について話し合ったことで、二人の会話にひと段落がつき、それを悟って疾風が声を掛けた。
「いいかな、紗斗里?」
「なんだい、疾風?」
「その、デュ・ラ・ハーンなんだが、プログラムを表示出来ないか?」
「デュ・ラ・ハーンを構成する言語は、僕の中にある言語では無いですね。
シンプルテキストの形でよろしければ、不可能ではありませんが?」
「マシン語のレベルで良い。何とかならないか?」
「情報が莫大な上、少々事情があって、本体の仮想人格を走らせている内は無理ですね。
トランスモードに入れば、出来ると思いますが」
「早速、移行してくれ」
「了解。
楓、体を借りますよ」
「うん!」