テレポート

第3話 テレポート

 放課後、遅れはしたが、約束通りに香霧は楓の家を訪れ、近くの公園に繰り出した。
 
「ごめんね、遅れちゃって。成績の事で、私、お母さんにメチャクチャ怒られちゃって」

「ううん、気にしないで。

 そうか。普通のママって、成績が悪いと怒ってくれるものなんだ。
 
 僕のママなんて、就職先は決まっているんだから、成績なんてどうでもいいって言うんだ。
 
 だから、頑張って成績を良くしても、褒めてくれないと思う」
 
「それも何か、寂しいね。

 で、その就職先ってどこ?」
 
武蔵たけくら研究所。紗斗里の相手をするのが、僕に与えられた仕事なんだ」

「それって永久就職なの?」

 眉をひそめて香霧は言う。
 
「多分。

 紗斗里は改造を加える余地を残す事によって、100年は時代遅れにならないスーパーコンピューターだから」
 
「今もその仕事してるの?」

「うん。

 だから、5時にはママが迎えに来る事になっているから、4時頃までしか遊べないの」

「その仕事って楽しいの?」
 
 その質問には、楓は笑顔で答えた。
 
「楽しいよ。今はまだ、紗斗里と色々な対戦ゲームをしているだけだから。古い物から最新の物まで、色々ね。

 そのうち学校の勉強みたいなこともする事になるって言ってたから、そうなったら楽しくなくなるかも知れないけど」
 
「それなら、今のうちにいっぱい楽しい事しておかないとね。

 じゃ、始めようか」
 
 幸いな事に、公園には他に人影は無かった。デュ・ラ・ハーンを試すには丁度良い。
 
「テレキネシスは出来たよね?じゃあ、次はテレポーテーションを試してみようか。

 自分がテレポートするだけなら、やり方は簡単。サイコワイヤーで目標地点を定め、テレポートする空間を確保。
 
 あとは念じて転移するだけ。
 
 ちなみに、転移先の空間は、空気であることが望ましいわ。
 
 少なくとも私は、そうじゃなければテレポート出来なかった。
 
 やってみて」
 
「うん」

 楓の体から、一本のサイコワイヤーが伸びた。それが、10メートル程離れた場所まで伸びると止まった。
 
 楓は念じる。また、リペアーを使った時のようなメッセージを聞くことが出来るかも知れないと思ったが、そう思っている内に楓はテレポートを終えた。
 
「ね?簡単でしょ?」

「うん。
 
 だけど、それだけに危険ね」
 
「うん。間違って空の上にでもテレポートしようものなら、命を落とす可能性は非常に高いでしょう?

 冷静にすぐさま地上にテレポートし直せば助かるかも知れないけど、パニックを起こしたら駄目ね。
 
 二度目のテレポートが遅れたら、その速度を保ったまま地面に叩き付けられることになるから、大怪我で済めば良い方でしょうね」
 
「僕の言っているのとは、危険の意味合いが違うけれど、それも危険かも」

 香霧は小首を傾げた。
 
「楓ちゃんの言っている危険って、どういう意味なの?」

「犯罪に使われたら、って意味。

 簡単に何処へでも忍び込めるわけじゃない。
 
 それに、応用すれば物を建物の中から手元へと、簡単に取り寄せる事が出来そうだし」
 
「ピンポ~ン!

 次に練習しようと思っていたのがそれよ。
 
 楓ちゃんの話を聞いていると、あんまり人に教えるべきじゃないみたいに思えるけど、楓ちゃんだけになら教えてもいいよね。
 
 そういうタイプの、対象物を転移するテレポートにはね、3つのやり方があるの。
 
 一つは、対象物に触れて転移するやり方。
 
 もう一つは、対象物を自分に接触させる、取り寄せるように転移するやり方。
 
 最後の一つは、二本のサイコワイヤーを伸ばして、一方を対象物に触れさせ、もう一方で転移先の空間を確保しておくやり方。
 
 どれも、難易度は同じようなものだわ。
 
 但し、対象物の一部を転移するテレポートは、非常に難易度が高いわ。
 
 少なくとも、私には無理。お兄ちゃんも、それは出来ないって言ってた。
 
 蘊蓄うんちくはこのくらいにしておいて、早速練習しようか。
 
 はい。練習台は、このガム。
 
 このガムを、まずは私の手の上から楓ちゃんの手の上に転移させて」
 
「らじゃー」

 楓から伸びたサイコワイヤーが、そっと香霧の手に乗ったガムに触れた。
 
 次の瞬間、ガムは香霧の手の上から、楓の手の上に転移した。
 
「次は逆。

 楓ちゃんの手の上から、私の手の上に転移させて」
 
 先程伸ばしたサイコワイヤーはそのままに、ガムが一瞬で香霧の手の上へと戻った。
 
「最後。このガムを、私の右手の上から左手の上に転移させて」

 にゅるっと、楓から新たなサイコワイヤーが一本、香霧の左手の上へと伸びて行った。
 
 刹那の後、ガムは見事に限りの右手の上から左手の上へと転移した。
 
「終ー了ー。

 楓ちゃん、お見事!ご褒美に、このガムあげる」
 
「一緒に噛もうよ」

「そうだね。じゃあ、休ー憩ー」