第1話 超能力覚醒
それを最初に日本に持ち込んだのは、一人の大学生だった。
「ハロー、エブリバディ。
集まったな。いいモノ、見せてやるぜ」
夏休みだというのに、サークルの仲間の溜まり場と化している家へと召集を掛けた、彼がそうだ。
彼はアメリカに留学しており、バカンスを期に帰国しているところだ。
「コイツを手に入れるのは苦労したぜ。何せ、値段も500ドル。金はバイトして稼いだが、伝を辿るのに苦労したぜ」
「前書きは良いから、早くしろよ。
まさか、また前と同じく、疑似性体験ソフトじゃないだろうな?
何人かは、アレは良いものだと言っていたが、俺たちはソケットを持っていないから、通用しないぜ」
チッチッチッと舌打ちしながら、彼は指を振って否定した。
「そんなものに、今さら500ドルも払うかよ。
見てろよ。
この、何の変哲もない500円玉を、浮かせて見せたら、どう思う?」
彼はニヤリと笑って、500円玉をゲームサークルの仲間に突き付けた。
「手品だな」
彼が召集を掛けて集まった、5人の内の一人が言った。
「ああ、手品だ、手品。
手品の道具に、お前は500ドルも払ったのか?」
「ちっがーう!
よく見てろよ。……ほら!」
彼の掌に乗せられた500円玉は、まるで手品のように浮き上がった。
「おお、見事な手品だ」
「良く出来た仕掛けだな。吊るした糸も見えないし、タネが分からん」
彼は仲間の反応に、半ば予想していたとはいえ、ため息が出る思いだった。
そして彼が次に取り出したのは、500ミリリットルサイズの透明なペットボトル。
表面を覆っていたであろう、フィルムは完全に取り除かれており、当然、空だった。蓋は閉じている。
「今度は、この500円玉を、口からは入る筈が無いこのペットボトルの中にテレポートさせてやる」
「よくある手品だな」
「ああ、1世紀は前の手品だ」
言われるのは覚悟していたが、あまりの言い様に正直ムッとしてきて、彼は苛立った様子でこう言った。
「なら、500円玉は隠さないでやるから、何人かはそっちを見てろよ」
そこまで言うならと、5人は揃って500円玉の方を見た。
「おい。ペットボトルの方は見なくて良いのかよ?」
「そっちは音で分かるだろう?」
納得。そうは思ったが、彼はイマイチ納得出来ない部分もあった。
「じゃあ、やるぞ」
「「「「「おう」」」」」
集まった仲間がそう返事をした途端、浮いていた500円玉は消え失せ、それとペットボトルのぶつかる音がした。
見てみれば、確かに500円玉は、そのペットボトルの中に入っていた。
「凄ェ!一瞬にして消えたぞ!」
「おい、どうやったんだよ!タネがまるで分からなかったぞ!」
動揺する5人を見て、彼はようやく見せた甲斐があったと満足し、笑みを浮かべた。
「ふっふっふ。凄いだろう。
これはな、『デュ・ラ・ハーン』っていう超能力覚醒ソフトによる能力なんだ。
……よっ、と。
これがその、『デュ・ラ・ハーン』だ」
彼は後頭部に手を伸ばし、何かを頭から外すと、それを皆に見せた。
それは、直径5ミリ、長さ1センチの円筒状の物に、長さ10センチほどの黒いワイヤーが生えている代物だった。
「『デュ・ラ・ハーン』って、聞いた事がある名前だな。
おい、誰か分からないか?」
「西洋の、まあ、日本で言う死神だよ。
人間に死の宣告を齎し、一年後に再びその人の下を訪れ、殺すという。
ほら、首から上が無い馬に牽かせたチャリオッツに乗って、自分自身の首も切り取られていて、その首を自分の手で抱えている奴だよ。
……でも、何で『デュ・ラ・ハーン』なんだ?超能力を覚醒させるソフトなんだろ?」
「ああ、それについては、補足を一つ。
これは『デュ・ラ・ハーン』をインストした時に、実際に俺が見た……映像と言うか、夢と言うか、その……白昼夢と言えば最も近いかな?
『デュ・ラ・ハーン』らしき化け物が現れて、こんな感じの事を言ったんだ。
『YaーHaー!
Meはデュ・ラ・ハーン。YouにBIGなお報せだ!
Youの寿命は、あと1年。一年後に、MeがYouを殺しに行く。
その代わり、一年間、好きな事を何でも出来る、夢のような力を授けてやろうじゃないか。
その能力をどう使うかは、Youの意思次第。Meはそれを邪魔しないよ。
それじゃあ、あと1年の人生を謳歌しな。
See You Next Year!
Ha-Ha-Ha-!』
……と、こんな感じのハイテンションな奴だったな。
言った訳では無いかも知れないが、そういう意味の何かが俺の脳裏に走ったんだ」
「嘘臭ェ。少なからず脚色していることは間違い無いな」
一人がそう言うと、残りの4人も頷く。
「いや、だから、それは飽くまでイメージなんだって!
コレを付けてみろよ。俺の言った意味が分かる筈だぜ!」
「俺、ソケットなんて付けて無ぇし」
「俺も。
つうか、この面子でソケットを付けてるのって、お前だけじゃね?」
「えー!お前ら、プラグの一つぐらい、付けて無ぇのかよ!
それで良く、この大学の入試に受かったな」
「実力だ」
「うっ!」
痛いところを突かれた彼。
「実力だよな?」
「おう。この程度の大学に、わざわざプラグまで取り付けて入る意味が分からん」
彼は、どんどん落ち込んでいった。
「いいさ。これのお陰で、俺は超能力まで使えるようになったんだ。プラグを取り付ける意味はあったんだ。
それに、プラグのお陰で成績も優秀で、留学先でも英会話ソフトを使って、不自由する事も無く生活して行けてるんだし」
「そういや、お前、成績は良かったよな。それも、プラグのお陰か?」
そう言われることで、彼はすぐに機嫌を直した。
「勿論さ!
ソケット一個取り付けるのに、約10万。ソフト一つで1万円前後。空のメモリーワイヤーをオプションとして取り付けるなら、千円ちょい割り増し。
便利だし、性能を考えたら、そんなに高いものでも無いだろう?
お前らも取り付けてみたらどうだ?」
「俺は遠慮しとく。
俺が使いたいソフトはその『デュ・ラ・ハーン』だけだし、その為に10万っていうのは高過ぎる」
「理由は違うが、俺もだ。
プラグって、脳に繋ぐんだろう?
万一、手術に失敗して、障がいを負うことにでもなったら嫌だからな」
残りの3人も、そのいずれかの理由で、辞退した。そうなると、彼はつまらない。
「何だよ、何だよ!テメェら、つまらねぇぞ!
こうなったら、とっておきを見せてやる!
まずはバリアー!」
すぐに生まれ出る、彼を包む淡く輝く光の膜。
「そして……ファイア・ボール!」
彼は胸の前で手を合わせると、それを少しずつ広げていった。その間に生まれ出る、赤い光の球。
「ゲッ!マジかよ!」
「うわっ、やめろ!俺たちを殺す気か?!」
彼は仲間の反応に満足し、にぃっと笑みを浮かべた。
右手を動かすと、球はその手の動きに従い、上に向けた掌の上に浮かんだ。
「死ねェェェェ!」
赤い光の球が投げつけられた。5人全員が腕で顔を庇い、身を固くして目を瞑り、そのうち一人は、死をも覚悟した。
だが、一向に熱くもならなければ衝撃も来ない。
誰かがそーっと腕を下げながら目を開け、様子を窺うと、あの球はどこへ行ったのか、部屋全体が少し赤い光に照らされているだけで、火の玉が爆発した気配は、全く無い。
「あははははははは。お前らの反応、最高!やった甲斐があったぜ。
上を見てみろよ」
言われて五人が上を向くと、照明と同じ位の明るさの、赤い光を放つ球がそこに浮いていた。
「バーカ。本気でお前らを殺すような真似、する訳無いじゃん。
そんなことして、何の得になる?
仲間が減って、しかも殺人の容疑で捕まって、損するだけじゃん」
「びっっっっくりしたー。驚かせるなよな」
一同、ほーっと胸を撫で下ろす。そして、ひと段落落ち着いたところで、一人がこう尋ねた。
「やろうと思えば、やれたのか?」
「ん?ああ。バリアーは本物だし、もっと神経を集中して時間を掛ければ、な。
そんな、爆発する火の玉なんか、そう簡単に作れるわけないじゃん。
そうそう、それを応用すれば、一人で花火を打ち上げることも可能だぜ。
一度、見せて貰った事があるんだが、まあ、日本の職人が作った花火ほど、立派なものでは無かったがな。
でも、それを打ち上げるのが楽しいんだと。
俺はそこまで熟練してないから、出来ねぇけどな」
「俺、聞いてて思ったんだけど、その『デュ・ラ・ハーン』ってソフト、物凄いソフトなんじゃねぇか?
だって、そうだろ?例えばそのバリアー」
そう言い出した一人が、彼を指差した。
「一体、それがどのくらいの性能を持っているか知らねぇけど、銃弾を防げるんだったら、防弾チョッキよりも高性能ってことだろ?
だって、頭は勿論、手足も防げるんだからよお。しかも、重量に関する負担は、ほとんど無いも同然だろう?
ボディーガードが要らなくなるんだぜ?
しかも、スナイパーからの射殺も防げる。
寝ている間はどうなるか分からねぇけど、下手をすれば、暗殺が事実上不可能になるんだぜ!
皆、黙って聞いてるけど、ちょっと真面目に考えてみろよ。
凄ぇソフトだぜ、それ!」
その一人が、話している内に段々と興奮してきた。そのうち、仲間も乗って来る。
「そういや、そうだよな。
火の玉も生み出せるんだから、熟練すれば兵器になるんじゃねぇのか?」
もう一人も、話に乗ってきて少しずつ興奮し始めた。
聞いていた残りの三人にも、その興奮は伝播して来る。
「そうだ、そうだ!
ひょっとして、物凄いソフトを手に入れたんじゃねぇか?
500ドルの価値があるかも知れん!」
「ウチのサークルに、帰省している奴が何人かが、ソケットを取り付けていたいた筈だよなぁ?
アイツらにも、試しに使わせてやったらどうだ?
見たところ、インストしたのかどうかは知らないが、それを嵌めてないと使えないって訳じゃなさそうだし」
「凄ぇ凄ぇ!これなら、10万かけてソケットを埋め込む価値がありそうじゃねぇか!」
「だろう?
だから、初めに言ったじゃねぇか。いいモノ見せてやる、ってな」
「凄ぇ……凄ぇよ、『デュ・ラ・ハーン』!
これがアメリカの技術か!日本が技術で他国に負ける時代なのか、今は!」
「いや。どう考えても偶然の産物だろう。
技術がどうのこうのというレベルじゃねぇよ、コレは。
……ただ、一つだけ問題があってな」
彼が急に深刻な顔になったのを、他の五人は気付かずに、そのうち一人がこう言った。
「何だよ、問題って。それだけの性能があったら、多少の問題は問題の内に入らんぜ」
「……一人、アメリカの友達が死んでるんだよ。多分、コレが原因で。
死んだのは、『デュ・ラ・ハーン』をインストしてから丁度1年後。
死因は不明。恐らくは急性の心停止だ、って聞いた。でも、それを起こすような要因は、どこにも見当たらなかったってさ」
「……嘘」
彼の発言が、五人の興奮の坩堝に水を差した。急激に、興奮が冷めた。
「……俺も、半年後、同じ運命を辿るかも知れないんだ」
「半年……。冬休みの頃か?」
「ああ」
彼は俯き、ただ一言、そう答えた。
五人が顔を見合わせる。彼に掛ける言葉が見つからない。暗い雰囲気が立ち込める。
「あ、あのよぉ」
「なぁーんてな」
弾けたように明るい雰囲気で、彼は伏せていた顔を上げ、笑い転げた。五人のビックリした顔を見て、指を差し。
「お前ら、最高!そのリアクション!
そんなに驚くような事かよ!」
と。
「ジョークか?」
「一人だが、死人が出たのは事実だぜ。
そいつが『デュ・ラ・ハーン』をインストしてから1年後っていうのも、死因が不明っていうのも」
それでもゲラゲラと笑う彼を見て、五人は彼の正気を疑った。
「怖くないのか?」
「怖い?何が?」
「死ぬかも知れないんだろ?」
「死ぬわけないじゃん。
だって、考えてみろよ。
このソフトが売りに出されたのが、1年以上前。そして、その性能が今の通り……いや、それ以上だ。
そんなソフトが例え非合法にでも流通しているのなら、その性能に噂が噂を呼んで、物凄い人気商品になっている筈だ」
彼は、気付いていなかった。これから、その『デュ・ラ・ハーン』の性能に、噂が噂を呼んで物凄い人気商品になろうとしていることに。
現に、彼がその噂を広めているというのに。
「なのに、俺の知っている限り、そのソフトを使って死んだ人間はたったの一人だ。
な?おかしいだろ?一年以上前から広まっているのに、変死者がテレビでもネットでも大したニュースとして取り扱われていないんだ。
こんな物凄いソフト、手に入れたら俺みたいに自慢するに決まっているだろう?
そうしたら、調べて行けば当然のように『デュ・ラ・ハーン』の名前が出て来る筈なのに。
だから、大丈夫なんだよ。まぁ、半年前、あの白昼夢を見た時と、3ヵ月程前、本当に死人が出たっていう話を聞いた時にはビビったけどな。
けど、それから3ヵ月も死人が出ていないんだ。それが、こんなもので人が死ぬ訳無いっていう確かな証拠だよ」
「500ドルも出して買う奴がいないっていうだけの話じゃねぇのか?」
「一人買ったら、そこから広まるだろう。
これだけの性能だ。50ドルでインストさせてやるって言ったら、喜んでインストするだろ。
何たって、透視能力がある!簡単に女の裸が見れるんだぜ!買う男は五万といるって」
「マジか?」
「マジ、マジ。見ようと思えば、お前らの裸も見れるぜ。そんなもの、見たくはねぇけどな。
あ、けど、伏せたトランプを見たりするのはダメなんだ。
『デュ・ラ・ハーン』の透視能力って、専門用語でサイコワイヤーって呼ばれるものを用いて、対象物を選んでそれを透視するって能力だから。
やって出来ない訳でも無いんだろうけど、難しいな。
どうすれば良いのか、俺には分からねぇ」
「それが目的で買ったな?」
「違うと言えば嘘になるが、それだけが目的じゃなかったぞ。
向こうの友達が使っているのを見て、『このソフトは買いだ!』と思ったんだ。
そいつも、別の友達から50ドルでインストールさせてもらったらしいんだが、俺は現品をお前らのために持ち帰ってやりたいと思ったから、売っている店を紹介して貰って買ったんだ。
ただ、気になる事に、このソフト、プラグに差し込んだ途端、半自動的にインストされたんだよな。
ひょっとしたら、ウイルスに近いものなのかも知れん。
一度、全部のメモリーワイヤーを抜いて確かめたんだが、それでもこの能力は発揮出来たんだ。
けど、メモリーワイヤーを付けていた方が、能力が強いような気がする。
これは、俺の推論なんだが、ひょっとしたら『デュ・ラ・ハーン』とは、超能力を使えるようになる刺激を、人間の脳に与えるソフトなんじゃないかと思っている。
それとどんな関係があってメモリーワイヤーを繋いだ方が性能が上がるのかまでは分からないが、とにかく、それが俺の辿り着いた結論だ。
というわけで、コイツはおまえらに預ける事にする。
俺がコイツをインスト……いや、コイツに感染したのは、クリスマスの0時。つまり、イブの24時だ。
万一の事があったら、マスコミ関係でもただの噂でも良い、コイツの危険性を世間に広めてくれ。
それで学者を引っ張り出せれば、しめたものだ。研究されれば、必ず益となるものが秘められている筈なんだ。
ああ、そうそう。死んでも構わないから、それでもって奴がいたら、自由に感染させてやってくれ。
但し、その場合は感染した日時を、何かに書き記すか、分かりやすい日時にするとかして、誰かに教えておくように付け加えておくようにな。
以上」
「感染って、まるっきりウイルス扱いだな」
「俺が、感染してからちょうど一年後に死んだら、本当にウイルスだぞ。
出来れば、その時が過ぎてから広めて欲しいけど。
それを待ちきれないと言い出す奴が出てもおかしくないほどの性能を持っているからな。
現に、俺が待ち切れなかった質だしな」
「覚えやすい日時にしたのには意味があるのか?」
「ああ、それはだな。
今、俺が言ったようなことを、俺に『デュ・ラ・ハーン』の存在を教えてくれた奴に言われたからだ。
他に質問はあるか?」
「今、おまえが言ったようなことと、その『デュ・ラ・ハーン』ってソフトを、本当に広めて良いんだろうな?今年のクリスマスの前に」
「もちろん。その為にわざわざソフトを購入して持ち帰ったんだからな。
出来れば、情報工学科の奴に、ソフトの解析をしておいて欲しいんだが、難しくてイチ学生の手には余るかも知れないと思っている。
一度、俺は向こうの友達と手を組んで、それをやろうとしたことがあるんだが、その時には『デュ・ラ・ハーン』を発見する事も出来なかった。
その時は、ひょっとしたら生産過程に問題があるんじゃないかって説も出たぐらいだ。
だから俺は余計に、ウイルス説に執着しているんだが……。
まあ、非合法スレスレの販売形態を取っている上、人間の脳に手を加えるなんていうプラグシステムの長所でもあり短所でもある特徴に着目したソフトだ。
死んでも文句は言えんが、死んだら死んだ時よ。
大学生なんていう人生の最も楽しい時間を味わって、労働という人生の最も大変な部分から逃げるように死ぬんだったら、それはそれで本望よ。
まあ、世の中が俺みたいな考え方をしている人間ばかりだったら終わってるけどな。
何しろ、働く人間がいなくなることに繋がる考え方だからな。
じゃ、俺は帰らせてもらうわ。
言いたいことは大体言った筈だし、家に帰って仕上げておきたいレポートもあるし。
そうそう、間違っても、そのソフト、捨てるなよ。
分解も駄目だ。出来るだけ壊さないように丁寧に扱ってくれ。
冬休みにはまた帰って来るから、その時にでもそいつの成り行きについて聞かせて貰わぁ。
そんじゃ、お先に失礼」
バタン。
彼が扉を閉じて去った。
彼の方を見ていた五人の視線が、今度はテーブルの上に置かれた『デュ・ラ・ハーン』に集中する。
誰かがおもむろにそれを手に取った。
「こうして見ているだけだと、そんなに凄いものだとは思えないけどなぁ」
「そうか?プラグシステムそのものが、見ただけでは大して凄い物とは思えなくても、その性能は凄い物だと思うけどなぁ。
将来的には、スマホ並みの必需品になると思うぜ。
けど、コイツはそれと比べても、一回りも二回りも別格か。しかし……。
おい、皆。アイツの様子、留学前と違うと思わなかったか?
そりゃ、向こうとは風習を初めとして何から何まで違うから、多少の影響を受けていてもおかしくはないが、それとはちょっと違う――何か、悟り切った感じがしなかったか?」
言われてみて、4人は彼の様子を思い返してみた。
言われてみれば、どことなくおかしかったような気がする。
一体、どこがどうおかしいのかと言えば、例えばこんなところだろうか?
「虚勢を張っているんだろうよ。本当は、アイツも死ぬのが怖いんだ。
途中で一度、思いっきりテンションを落としただろう?あの時に言っていたことが本音なんじゃないか?
まあ、全然大したことは言わなかったけどよぉ」
彼の言動を思い出し、一同は彼の心情をそこから読み取ろうとした。
「ってことは、コレを置いて行ったことにも意味があるんじゃないか?」
「まさか、コレに感染させて道連れを作りたいってわけは……ないか。
でも、他に理由は思い付かないぜ」
「一つ、あるじゃないか」
二人が頷き、二人はクエスチョンマークでも浮かべたような顔をした。
「何だ、その『一つ』って」
「ワクチンの作成だろ?」
言われて二人は、「あっ!」と気付いた。
「けど、その道は困難を極めるぜ。
何しろ、アイツとアイツのアメリカの友達の腕を以てしても、『デュ・ラ・ハーン』の発見にすら至らなかったんだからな」
「そういうのが得意な奴と言えば……」
誰かが、一人の名を挙げた。
「うん、アイツなら」
一人が、そんな皆の気持ちを代表した。他の4人も頷く。
「やってくれそうな気はするが……半年で間に合うか?」
「確率はゼロじゃないだろう。理由はそれだけで十分だ」
随分と前向きな考え方だが、そうでも思わなければ『デュ・ラ・ハーン』を持ち込んだあの彼の行為が無駄になる。
「これは、アメリカと日本の技術合戦だな。アイツには、十分に発破を掛けておいた方が良いな」
「アイツが、夏休みだからってすぐに帰省しちまったのが残念だな。
夏休みが終わるまでは、あと半月近くもあるぞ。その間に出来る事は無いか?」
「おまえ、俺たちでやってみようとでも言い出すのか?
俺は自信ねぇぞ。コンピューターを弄るのは。
大体、情報工学科の面子がいねぇじゃねぇか。それでどうしろってんだ?」
「面子って、麻雀じゃあるまいし。
とにかく、どうにかしてやろうぜ。仮にも仲間の命が掛かっているんだからよぉ」
だからと言って、彼らに何かが出来る見込みは無かった。
『デュ・ラ・ハーン』を持ち込んだ彼の専攻は情報工学科。留学先での専攻も、同じようなものだ。
幼い頃からパソコンに馴染み、それを専門とする彼でも発見すら出来なかったソフトだ。
素人が手を出してどうこうなるような問題では無いのだ。
だが、案ずるよりも生むが易し。彼らの出した結論がそれだった。
「良しっ。図書館にパソコンがあった筈だから、まずは行こうぜ。そこで適当に弄ってから考えよう」
インターネットに繋がっている図書館のパソコンで『デュ・ラ・ハーン』を解析する。
この決断が、後の日本……いや、世界に多大な影響を与えようとは、この時、彼らは予想だにしなかった。