第35話 少女の名
「父さん!」
「ぃようっ、疾刀!元気かぁ!」
今は主の無い家の庭で、芝生に腰を下ろす色黒の中年。すっかり日に焼けているが、その姿は紛れも無く、五年前に行方を晦ませた疾刀の父・帯刀だった。
その膝の上では、ワンピースを着た少女が、疾刀に背を向けて眠っていた。
「何処行ってたんですか、五年間も!」
「いやぁ、それが良く分からなくてなぁ。
英語圏なのは確かなんだが、何しろ自由に出歩くことすら出来なくてなぁ。
おかしな連中に連れてかれて、訳も分からず閉じ込められてなぁ。
古い、初期型の『GOKU-U』という名の身体能力増強ソフトで、超能力が暴走気味の女の子の世話をさせられとった。
それでもまぁ、何とか生きとったよ。
母さんもそこらを歩き回っているだけだから、じきに帰って来る筈だ」
「あの手紙は?」
「おう、届いとったか。
五年振りに帰るんだから、連絡を入れようと思ったんだが、電話が通じなくてな。
間に合わないかも知れないと思ったが、念の為に出しといた」
これは、帰ってから山のような話を聞くことになるだろうと、疾刀は少しうんざりした。
「で、その子は?」
「おう、そうだった。
儂らが世話をしておった娘の父親だという、頭中サイコプラグばかりで大仏みたいな頭の男と共に、儂らを助けてくれての。
世話を頼まれてしまった。
ついでに儂らが世話しとった暴走気味の子の能力も、ビャッコとかいう、超能力自己抑制ソフトで抑え込んでくれた子だ。
まぁ、妹だとでも思って、可愛がってやってくれ。
名前は――」
その名が帯刀の口から告げられる前に、疾刀は口を開いた。
「知っているよ。
おかえり――」
疾刀はそう言い、最後に少女の名を呼んだ。
『こういう罪の無いイタズラは、何度やっても楽しいね』
大和カンパニーへと向かう空輸便の中、スーパーコンピューター紗斗里は、疾刀が再び驚く時を、じっと待っていた。