第27話 恭次対隼那
『隼那、わたくしを出しなさい!』
震えが止まった。
掌が拳へと変わり、静かに下ろされる。
目付きが別人のように変化する。
鋭さよりも力強さ。その瞳の輝きには、それが宿っていた。
「戦う為に生まれたわたくしに対して、それなりに強そうとは随分と失礼な言い草ですわよ、あなた」
変化に気付いた恭次が、眉を顰める。
「貴様、安土 隼那では無いな。
――何者だ?」
「そう云うあなたも、緋神 恭次には見えませんわ」
「……俺は緋神 恭次だ。他の何者でも無い」
その返事に、隼那=フレイヤが訝る。
「――自覚が無いの?じゃあ、乗っ取りに成功したの?」
小声でそう呟いたのを、恭次は聞き逃さず、不機嫌な顔をした。
「何を訳の分からぬ事を。
まさか、怖気付いたのではあるまいな?」
「あなたにそれを云うだけの強さがあるようには、とても見えませんわ」
平静を装いながらも内心はムッとして、隼那=フレイヤは神経を逆撫でするようなセリフを吐いた。
恭次が赤いオーラを放ち始め、唯一人、カメラマンだけがそれを喜んだ。
「試してみるか?」
「気が進みませんが、仕方がありませんわ。
このわたくしがわざわざ試してあげるのです。光栄に思いなさい!」
膨れ上がった二つのオーラがせめぎ合う。
突風が起き、カメラマンがその場で必死に踏ん張る。
等しく二色に分かれた半球は、街路樹を越え、車道にまで飛び出している。
「云うだけの力は持っているようだな」
「あら、この程度でそんなセリフが聞けるとは、思いもしませんでしたわ」
隼那=フレイヤが、揶揄うようにそう云う。
「いつまでその軽口を叩き続けるつもりだ?」
「わたくしの気が済むまでですわ」
……。前言撤回。揶揄うように、では無く、完全に揶揄っている。
「――少し、強めに行くぞ」
恭次の手に赤い剣が握られる。
振りかぶって斬り付けられたその剣は、二色のオーラの境界面で食い止められ、恭次の目が驚きで見開かれた。
「おお、怖いですわね。
強めと云うから、無差別に攻撃されたら、どうしようかと思いましたわ。
流石のわたくしでも、この街の全てを守り切るのは、不可能ですもの」
「――緋三虎!」
赤いオーラが三つに分かれ、それが虎へと変貌する。
毛皮の代わりに炎を纏っているかのように、その姿は赤い縞模様だ。
三匹の虎が光のオーラを食い破って侵入してくるのを見て、隼那=フレイヤは空へと退避した。
だが、三匹と一人は空まで追って来る。
「しつこいですわね。
わたくしも、少し力を見せるとしますわ」
光が彼女を僅かに覆う程度を残して消え去り、代わりに光の弓が現れた。
隼那=フレイヤはそれを握ると、矢継早に三本の矢を射る。
赤い虎がそれに貫かれて消えるのを確認すると、今度はそれを剣に変えて恭次を迎え撃つ。
「貴様、強いな」
剣を打ち合わせたまま、苦しそうに恭次=プロメテウスが云う。
上に位置する隼那=フレイヤの方は涼しい顔をしたままだ。
「何を今さら、当然の事を。
あなたのような、勇者でも無い唯の男になら、わたくしに仕えるヴァルキリーたちでも負けはしませんわ」
悔しさと怒りで、恭次が歯ぎしりをする。
ならばとばかりに、サイコワイヤーを展開するが、それすらもCATされ、完全に封じられた。
「加えて云うなら、宿主の力が違い過ぎますもの。相手になりませんわ」
「――この、俺様が……相手に、ならない、だと……?」
その顔が笑みを浮かべた事で、隼那=フレイヤは身構えた。
いつでも全力の防御が出来るよう、心のスイッチを準備する。
「ならば、喰らうが良い――」
声が途中から掠れるようにして消え、その姿までもが赤いオーラを残して消え去った。
隼那=フレイヤが驚く間も無く、次の叫び声が聞こえた。
「彗星弾!」
背後からの声に振り返り、同時に心のスイッチを入れた。
そのすぐ目の前に炎に包まれた恭次の姿が迫る。
逃げる間も無く、光と炎がぶつかり合う。
その勢いは止まる事を知らず、二人は地面に向かって真っ直ぐに落ちる。――いや、ただ落ちるよりも、遥かに速い。
瞬く間に二人は地面へと吸い込まれ、激しい爆音を響かせた。
一瞬たりとも撮り逃さなかったカメラマンが、片手で小さくガッツポーズをとった。
地面には、直径3メートル程のクレーターが描かれた。
噴水の端が崩れ、水がそこから流れ出す。
恭次が身を起こすと、その下からは真っ黒に焦げた人型の塊が現れた。
「貴様は強かった。強かったがしかし、この俺様程ではなかったな。
……さて、体は十二分に温まった。冷える前に、奴らを迎えに行くとするか」
恭次はカメラマンに目で合図を送ると、セレスティアル・ヴィジタントの男が消えた方角へと足を向けた。
カメラマンは急いで後を追いながら、ふと思い出したように小さなクレーターの方を向くと、足を止めた。
手遅れだとは思いつつも、スマホを取り出して119番へと通報すると、足早に恭次の後を追いかけた。