第21話 ケベックの独断
「思ったよりも手強い連中だ」
思っているのは、お互い様の様だった。
「見たことの無い戦闘用ソフトを使っているようだ。
武器を具象化して使っている。
我々のファフニールに似ているようだ」
五人は、偵察に放った者たちを通して戦況を確認しながら、作戦について相談を繰り返していた。
但し、一人はまるで発言をしてはいなかったが。
「ケベック君。ひょっとすると、君に出番が回って来るかも知れん。心の準備だけはしておいてくれたまえ」
わざわざ言葉にして伝えられたことで、ケベックの苛立ちは高められた。
元々、彼を中心にしてテレパシーを組んでいる為、会話の必要は無い筈なのだ。
「他の都市では、これ程の抵抗は見られないのだがな。
単に対応が早かっただけかも知れないが、この街にも十分な戦力を派遣して正解だった。
手こずるのはこの会社と、武蔵研究所だけだと思っていたのだが、かえってそちらの方が呆気なかった」
「やはり、キャット型のジャミングシステムなど、役に立たないのではないか?」
「いや、そうではないよ。アレは我々のファフニールと組み合わせる事で、威力を発揮する代物だよ。
使ってみれば、それは明らかになる筈」
ガタッ。
ケベックはわざわざ音が立つようにと乱暴に立ち上がり、四人の注目を集めたまま、出口へと歩いた。
「どこに行くのかね?」
「心の準備に」
テレパシーで伝えても良かったのだが、彼らに対する不満まで伝わらないようにと口にして伝える。
会話は彼らにとっての道楽に近い。一言とはいえ、それに珍しく加わったケベックを、男たちは快く送り出した。
目的は、心の準備などでは、ない。
彼には気になっている事が一つあった。
下手な動きをすれば、上の連中に睨まれるので行動を控えていたのだが、クルセイダーの意外なまでの健闘を見て、早めに動くことにしたのだ。
エレベーターに乗り、三階で降りる。場所は見張りをしている者の心を読んで調べた。
目的の部屋の前まで来ると、見張りをしていた男が敬礼をして迎えた。
「風魔 疾刀に御用ですか?」
日本語でそう云った見張りの男を、ケベックは鋭い眼差しで睨みつける。
言語用ソフトの一つである『ジャパン』を使いこなしているケベックにとっては、振り回されている他の連中と違って、母国語ではないその言語に対して、多少の違和感があった。
テレパシーで意味のやり取りを出来ると云うのに、わざわざそんな言葉で話し掛けられるのを、ケベックは嫌っていた。
返事の代わりに、余計な事はするなと脅しに近いイメージで送り付けると、ケベックは扉をノックして開いた。
部屋の中に居たのは四人。
こんな状況だと云うのに楽し気な会話をしていたようだが、扉が開けられるとピタッと口を閉ざし、笑顔もたちまち無愛想な顔にされてしまった。
四人の中に目的の相手を見付けると、真っ直ぐに目を合わせた。
見るからに警戒しているのが良く分かる。
「邪魔をしてすまないが、君と話がしたい」
後ろ手に扉を閉めると、ケベックは丁寧な物腰でそう切り出した。
「……二人で、でしょうか?」
疾刀にとっても、意外な展開だった。
未だにサイコワイヤーが繋がっているのが気になるが、話をしてみたい相手ではあった。
「いや、そちらの三人には聞かれても構わない。
手早く済ませたいのだが……」
「――聞きましょう」
多少の躊躇いは振り払う。
「ありがたい。
突然な話だが、君はアンチサイのソフトをどの程度、使いこなせるのか教えて欲しい」
これには疾刀は怪訝な顔をする。
そんな事を聞くことの目的に見当がつかない。
「――どうしてそんなことを?」
「超能力を使う能力そのものを封じる事は出来ないか?:
問い掛けるケベックの顔は真剣そのものだ。だが、そんなことが出来るという話は、聞いた事が無い。
「試した事が無いので、何とも……」
「接触した相手に、全力でパンサーを使った事は?
いや、そもそもパンサーを使った事は無いか?その時の効果の強さは?
――そう、ソフトの声を聞いた事は無いか?」
奇妙な質問だ。
だがケベックの真剣な表情は、冗談で言っているとは思えない。
疾風はわずかの間に考えてから、真面目な顔でこう答えた。
「――いえ」
「……そうか」
心底残念そうな表情をして、ケベックは肩を落とす。
「君ほどの適性を持った者が、アンチサイのソフトを使っているのならと思ったのだが、無理なのか……。
ひょっとすると、そんな事は不可能なのかも知れないな……」
「――何故、僕の適性が分かるのです?」
俯いていたケベックが顔を上げると、例の金属音がした。
部屋の中を、正確には部屋にいる者の顔を一通り確認すると、スッと腕を上げて、まずは篠山を指差した。
「君にはテレパシーの適性がある。ウルフまで使いこなせるだろう。
君は様々なソフトが使えそうだが、どれもイマイチの性能しか引き出せない。
そして……」
最後に、ケベックの顔が奈津菜に向けられたまま、指が宙を彷徨う。ややあって、結局はその指も顔も、疾刀へと向けられた。
「――そして風魔君。君のアンチサイへの適性は、今まで見た誰のどんな適性よりも、遥かに飛び抜けて高い。
私にはどういう訳か、人の適性が見える。
恐らく、あの式城 紗斗里にも見えるのではないかな?
正直、君のような飛び抜けた能力の持ち主が、彼女の居る国で埋もれていたとは、信じられないよ」
「……ねえ、私は?」
気になって恐る恐る口を出したのは、唯一人、何も言われなかった奈津菜だ。
彼女に対しては、何か反応がおかしかった。
問われてそちらに向けられた顔も、渋い表情をしている。
「――すまない。初めて見る反応なので、判断がつかない。
恐らく、特殊タイプのソフトに対して適性があると思うのだが、具体的に細かい事は何も言えない。
ただ、はっきりと言えることは、他のソフトはまるっきり使えないだろうと云う事だ」
通常のソフトが使えない事は、奈津菜だけでなく疾刀や篠山も知っていた。
割とミーハーな彼女は、初任給でソケットを埋め込み、次々とサイコソフトを試してみたが、何一つとして、全く効果を表さなかったのだ。
その時は随分としょげていたことを、疾刀も覚えている。
「それとは別の話になるが、君たちは早くココから出て行った方が良い。
ココは上の連中が拠点としているからな。直に戦場になる」
「クルセイダーとの、ですか?」
「知っているのか?」