第9話 グリフォン
「そこのお兄さん、ちょっと良いかしら?」
彼女の声と、改札機を通る音とがやけに大きく響く。
無視して通ろうと思ったが、お兄さんと呼ばれた事で、少し気を良くした。
「僕に、何か御用ですか?」
「へぇ。結構、背が高いのね」
近付く疾刀を、彼女は見上げる形になる。
「あなた、ここで髪を赤く染めた男に会ったでしょう?
アイツ、何処に行ったか知らない?」
恭次の事が話題に上がった事で、警戒心が持ち上がった。
「ちなみに、あなたがアイツと会ってることは分かっているのよ。
多分、二日前位でしょう?
使い慣れていないソフトだから、まだ正確な時間までは分からないのよね」
そもそも、二人が会った事を知っているのに、その行方を聞くのはおかしい。
持ち上がった警戒心は、更に高まった。
「――オウルですか」
「惜しい。グリフォンよ。知ってる?」
オウルは過去知覚のサイコソフト、そしてグリフォンはESP――つまり超常的な知覚能力の事だが――、それを全て複合させたサイコソフトだ。
オウルは、比較的入手が容易で、占い師がよく使っているが、グリフォンは、そうやすやす手に入る代物では無い。
益々、疾刀の警戒心は煽られる。
「確かに二日前に会いましたけど、それ以上は知りませんよ」
「……本当かしら?」
彼女の身体から、一本のサイコワイヤーが疾刀に向かって伸ばされる。接触される前に、素早くキャットで捕らえる。
更に何かして来るようなら、パンサーに切り替えるつもりだった。
「CATするのは上手いのね……って、分からないか。
キャットでサイコワイヤーを捕らえるってことよ。
キラーの間では、そのことをCATするって言うの。
安心して良いわよ。流石にフェンリルまでは手に入らなかったから」
テレパシーで最高の性能を誇るフェンリルには、相手の心を読む、読心の機能がある。世界で三つしか存在しないと言われている代物だ。
用心の為にサイコワイヤーを触れさせなかったが、そんなものまで持たれていてはたまったものではない。
「確か、グリフォンなら人物の探知も出来た筈じゃないですか?」
「フルに使いこなせるのならばね。苦手なのよ、ESPって。
得意なのはテレポート。サイコソフト無しでも使えるのよ。
『+付き』の能力者って、見た事あるかしら?」
サイコソフトを使用する能力のレベルの後に、『+・-』の記号が付けられることがある。
『+』はサイコソフトをインストすれば、装着せずとも超能力を使えると云う能力があるということ。
『-』は、能力を使う際に何らかの弊害があるということを表す記号として使われる。
『-』は、例えば、接触しなければ能力を発揮出来ないという例が多い。
ただ、『+』が付いているからと言って、自由自在にその能力を発揮できる訳では無いのだが。
極稀に、『±』の記号が付けられる事もある。インストすればサイコソフトの装着無しでも能力を発揮できるが、装着してもその超能力の発揮に何らかの弊害が伴うという、両者の特徴を併せ持った能力者の場合等だ。
「使った事はありませんけど、僕が試してみましょうか?」
ただ親切で云った訳では、勿論無い。楓を探そうとも思っての事だ。
女性の方は、あっさりとその提案を受け入れる。
「いいわよ。
はい」
後頭部から、小さなプラグが外され、差し出された。
直径5ミリ、長さ1センチほどの円筒形で、横に小さく『GRIFFON』と銘打ってある。
疾刀も自分のサイコソフトを一つ外した。
キャットは外さない。あとは、無差別に範囲内の超能力を打ち消すパンサーと、対象の超能力を発揮させなくさせるタイガーのうち、タイガーの方を外した。
念の為に名前は確かめておくのだが。
「あら、あなたも持っているじゃないの、グリフォン」
女性が覗き込んだそのソフトには、『GRIFFON』と銘打たれていた。
見覚えの無いソフトに、ちょっと気味の悪さを感じる。
「じゃあ、探してみますね」
他のソフトも確認してみたくなったが、それは後回しにすることにした。
こんな状況で確かめるのも何だし、第一、キャットは現在使っていて、パンサーもつい一時間ほど前に使ったばかりだ。
タイガーが何らかの原因で入れ替わったのだろうと思われた。
が、その原因に、心当たりは無い。
渡されたグリフォンをその女性に返し、装着していたグリフォンを差し込み直して、頭のスイッチを入れ替える。
キャットのスイッチが切れたので、疾刀のサイコワイヤーが引っ込み、彼女のサイコワイヤーがフリーになる。
危害を加えて来る可能性は、今は考えなくとも良いだろう。
もし、こっそり怪しい動きをしようとしても、グリフォンならサイコワイヤーが見えるので、その時に切り替えれば良い。
頭の中で、探し求める二人に関する、知っている限りを思い浮かべた。即座にサイコソフトが反応して、二本のサイコワイヤーが同じ方向に向かって伸びて行く。
これらの機能を使う場合、サイコワイヤーは自分の意思とは関係なく動かされる。
「二本?」
その数を、訝る彼女。事情の説明をするつもりは、疾刀には無い。
「おや?」
即座に伝わって来る筈の、二人の居場所が一向に伝わって来ない。
「分からないの?
サイコワイヤーが消えていないってことは、CATされたのね、きっと。
じゃあ、ちょっと付き合って貰おうかしら?」
「何処へ?」
彼女は呆れたような表情を見せた。
「何処って、そのサイコワイヤーを辿るに決まっているじゃないの。
消されたのならともかく、CATされただけなら、ほとんど見付けたのも同然じゃない。
その位、ちょっと考えたら分かるでしょう?」
「……ってことは、僕も探すのを手伝えということですか?」
「あなたが居ないと、見つけられないもの」
当然と云った表情で、彼女は云う。外に出ようとそそくさと歩き出し、疾刀がついて来ないのを見ると、引き返して疾刀の手を掴むと、強引に引っ張って歩き出した。
「ちょ……ちょっと待って下さいよ。
距離も分からないのに、無茶ですよ!」
「さっさと歩きなさいよ!
アイツ、大和カンパニーを襲撃するとか言ってるから、さっさと止めないとヤバいのよ!
それに、アンタ。アンタの探している人は、こんな時間に放っておいて良いの?
ひょっとしたら、あの時に背負ってた子供を探しているんじゃないの?」
楓の事を言われて思い出し、今度は疾刀が先行して歩き出す。
歩幅の差が大きく、今度は逆に疾刀が彼女を引っ張る形になった。
彼女は段々と苦しくなって文句を言おうといたところで、ピタッと疾刀の足が止まった。
「途中で引っ掛けられていただけだったら、どうします?」
「そこからまた探知し直せば良い事じゃない。
アンタ、ちょっとは頭使いなさいよ!」
段々と、彼女の言葉遣いは荒くなる。どうやら、そっちの方が本性のようだ。
手を離してさっさと歩きだしたので、疾刀も後を追う。
外に出て、タクシーを拾う。
方向を告げながら、街の中を10分ほど走った。
「止めて!」