完成した商品

第7話 完成した商品

 スイッチ、ON。
 
 およそ三十本のサイコワイヤーがそこからほとばしり、部屋中に独特の幾何学模様きかがくもようを描く。
 
 それは刻一刻こくいっこくと変化を続け、そこに獲物が掛かるのを待ち続ける。
 
 まるで立体的な蜘蛛の巣のようだ。
 
「できたぁー!」

 椅子に座ったままバンザイするように伸びをしてから、腕時計で時間を確かめる。
 
 未だ夕方の7時を回ったばかりだ。
 
 今からなら、まだどこか店に入って食事をすることも出来るだろう。
 
 頑張った甲斐があるというものだ。
 
 目が疲れたので、一度眼鏡を外して眉間の辺りをマッサージした。
 
 ここ二・三日、目の疲れが酷いのだ。
 
 前はこの程度の仕事では疲れなかったはずだと思いながら念入りにマッサージすると、後片付けを始めようとした。
 
「……と、その前に」

 ダークキャットのスイッチは入れたまま、自分のサイコワイヤーを伸ばしてみる。
 
 長さにして1センチ、時間にして1秒足らずでそれはダークキャットに捕らえられる。
 
 一本目が捕まると、二本目、次は三本目と、時間とおおよその長さを観察しながら、次々と捕らえさせて行く。
 
 ただ、観察してはいるものの、明らかに分かる程の変化は現れない。
 
 最後の一本になっても、二秒とかからずに放たれたサイコワイヤーを捕らえに来る。
 
「やっぱり、カザマステップは優秀だ。

 特に、数が少なくなった時に効果を実感するなぁ。
 
 数は34か。CA-Cより6本多い。
 
 けど、僕が生きている内には、追い付かれそうに無いなぁ」
 
 一度、放てる限りのサイコワイヤーを放ってみる。以前に一度だけ、数えようとしたことがあるが、100を超えたところで止めた。
 
 他人と比べたことが無いので、それが多いのか少ないのか、疾刀には分からなかった。
 
「さあ、帰りましょうか、楓ちゃん。

 今日は、何を食べましょう?」
 
 仕上がったダークキャットは、引き出しにしまい鍵も掛ける。
 
 部屋の扉にも鍵を掛けるが、念には念を入れるに越したことは無い。
 
「僕は、何でも良い」

 楓が自分自身を指して『僕』と言う事に気付いたのは、今日になってからだ。
 
 口数が少ない為、それを聞く機会はあまり無かった。
 
「和食?洋食?中華?

 あんまり高い物は無理だよ。給料日まで、あと2日だから」
 
「ハヤ――お兄ちゃんは、何が食べたいの?」

「うーん……。

 じゃあ、外に出てから考えようか」
 
 特に食べたいものも思いつかず、とりあえずは外に出る事にした。
 
 勿論、消灯しょうとう施錠せじょうは忘れない。いつも通りに手を繋いで会社を出ようとした。
 
「……おや?」

 外が、何やら騒がしい。
 
 歩道には人垣ひとがきが出来ていて、車も止まってクラクションを鳴らしている。
 
 騒ぎの中心は、車道にあるらしかったが、人垣でよく見えない。
 
「何でしょうね、こんな所で。

 ――あ!」
 
 人垣の向こうから、何かが飛び出した。それも、上に向かって。
 
 取り囲む人垣がにわかにざわめいた。
 
「さっさと国に帰りやがれ!」

 一際大きな怒鳴り声。騒ぎの中心辺りから聞こえて来た声と共に、火の玉が、宙に飛び出した男に向かって飛んで行く。
 
 宙に居る男は、そこに浮いたままで何かを怒鳴り返す。
 
 日本語ではない。金髪だが、それだけで日本人では無いと決め付ける事は出来ない。
 
 疾刀は、使われた言葉が恐らく英語だと思われることから、勝手にアメリカ人と決め付けた。
 
 不自然な時間、そこに留まっていたその男の前に、光の壁が現れる。
 
 火の玉はそれに当たると派手な爆発を引き起こす。
 
 光の壁は消え失せたが、飛んでいる男に大きな被害は見られない。
 
「サイコキネシス?

 いや、それにしてはサイコワイヤーが見当たらない。
 
 それに、あの壁はライオンか?」
 
 ライオンは、物理防御にも効果のある壁を作り出すアンチサイソフトだ。
 
 だがライオンは、使い手を覆う球のように現れる筈だった。
 
「――サラマンダーに、ワイバーン。

 それに、『Dragon White』ファフニール!」
 
 楓が呟き、人垣の中に割って入って行く。
 
「え?

 あ、待ちなさい!」
 
 後を追おうとした疾刀だが、小さな楓ほど、上手くは人垣に割り込めない。
 
 宙に浮かんでいる男が、また何かを叫んだ。
 
 男の前に現れた光が一点に集まり、光球となった。それが、騒ぎの中心に向かって加速した。
 
「燃えちまえ!」

 盛大な火柱が上がる。火柱は光の玉に触れると、爆発的に膨れ上がった。
 
 悲鳴が其処彼処から聞こえ、逃げ出す者も出始める。
 
 疾刀は、宙にいる男を見上げた。落ちても大した怪我をする高さで無い事を確認すると、警告のために叫んだ。
 
「落ちますよ!」

 意識のスイッチを入れ替える。範囲型のアンチサイ、パンサーに。
 
 直後、日本語が通用しないのではという不安が頭をよぎった。
 
 男が落ちた。
 
 不意に落とされては、受け身を取る余裕など無いだろう。
 
 未だ逃げきれていない人の陰になって、彼がどうなったのかを見る事は出来ない。
 
「誰だ、このアンチサイは!

 さっさと切りやがれ!」
 
 やっと、前方にいる男の姿が見えて来た。
 
 半ば予想はついていたが、その髪は真っ赤に染められ、逆立っている。
 
「緋神君!」

「誰だよ、俺の名前を……一昨日のオッサンじゃねぇか!」

 二人の目が合う。あの落書きに書かれていた名前は、やはり彼の名前であったらしい。
 
 楓がその傍にいるのを見付けて疾刀は近寄るが、恭次に胸倉を掴まれて止められた。
 
「さっさと切りやがれ!

 アイツが動き出したら……ヤバい!」
 
 疾刀が突き飛ばされ、恭次が地面に伏せる。直後にそこを光が通り過ぎて、近くに止まっていた車に命中し、爆発・炎上する。
 
「キャットだ!キャットに切り替えろ!」