第7話 7人目の計画
「バルテマー兄上、ちょっとよろしいか?」
デッドリッグはその日、ランチの時間に覚悟を決めて、バルテマーに話しかけた。
「どうした、デッドリッグ?
お前から話しかけて来るとは、珍しいな」
バルテマーには、そのデッドリッグの行動は意外であったのだろう、驚いた様子で身体ごとデッドリッグの方を向いた。
「ええ。今後の方針について、兄上と一度、話をしておいた方が良いかと思いまして」
デッドリッグの方は淡々と言うと、バルテマーは成る程な、とでも言いたげな表情を見せ、言う。
「ほぅ……いいだろう、食後に会議室一つ借りてで構わないか?」
やはり、このバルテマーは頭が回る。快楽に身を委ねてしまわなかっただけはある。
「ええ、その方が好都合ですね」
その日、デッドリッグはバルテマーの斜め前の席でランチを済ませるものの、ヒロイン候補達は近寄って来なかった。
そして、会議室にて。
「さて、何用かな、デッドリッグ。
用件に見当が付かないのだが」
──本気で言っているのだろうか?デッドリッグはそう疑った。
「……兄上は、誰を狙っていらっしゃるのですか?」
単刀直入にそう切り出す。
「フム……。誰を狙っているか、か。
何故、その発想に至った?」
──判っているだろうに。危うく、デッドリッグはその本音を言いそうになった。
「既出の6人を相手にもしていないらしいと訊きまして」
ここで、バルテマーが一発かます。
「──睦言で、か?」
「……!!」
鎌を掛けられた。それは判った。だが、無言で驚いたデッドリッグの態度は、どう受け止められたのか。
「……本人から直接、ランチの時間や休憩時間の間に訊きました」
誤魔化す為にそう言ってみるが、嘘はついていないものの、何かを悟られた可能性は確実であろう。
「そもそも俺が相手をされなかった。ローズに至って迄も、だ。
ローズの攻略条件を覚えているか?」
確かに、一番チョロいのがローズだった筈だけれども……。
「……確か、兄上が拒まない限り、でした……か?……!!
ローズに拒まれたのですか!!」
バルテマーが頷く。それも、深刻そうな顔で。
「ああ。流石にショックだったよ。
こんな話を知っているか?
『ヘブンスガール・コレクション』にて、『嫌いな男性キャラNo.1』は誰かと云うアンケート結果を」
覚えている。覚えているけれども、それを口に出すのは少々憚れるが、言えと云う事だろう。
「そ、それは……確かに、バルテマー兄上、……でしたが」
バルテマーは嬉しそうにパンッと両の手を打ち合わせた。
「そう!そうなのだよ!
俺が何をした?否、理解は出来る。一人に固執してキャラを壊してしまう主人公なぞ、最早悪役に近い。
だが、本来の悪役たるお前は、随分と恵まれているものだな!」
デッドリッグは、言葉選びを慎重に考えて、こう言った。
「……不敬として断罪しますか、兄上?」
バルテマーが楽しそうに息を吐く。
「ハッ!誰が誰に対して不敬なものか!
美少女ゲームの主人公なぞ、浮気者の酷いエロティックなキャラクターであって当たり前だ!
そうと知っていれば、誰が俺なんぞを求めるかよ!」
だが、実際にバルテマーは、他のどんな女性にも手を出していない。そして、デッドリッグにも言い分はあった。
「それでも!……兄上は主人公です。
来年の入学生に、一人、シルエットしか知られていない、追加コンテンツ・キャラの存在は否定出来ません。
兄上がその女性を選ぶと云うのならば、協力致しましょう!
……出来れば、7人目も攻略して、溺愛コースから外れて頂くことを期待したいと思いますが……」
ソレはデッドリッグの心からの懇願であり、誰にとっても救いとなる事態の筈だった。
「ハッ!誰が、攻略条件も判っていない隠れヒロインの攻略に動く俺に懸想する、前世の知識持ちのキャラクターなんぞ居るかよ!
当然、デッドリッグ、責任を持って7人目を救済して貰えるだろうな?」
バルテマーにまでデッドリッグの気持ちは伝わらない。ソレがデッドリッグには悔しかった。
「……精々努力はしてみますが……。
本当に悲惨な末路を迎える者は別として、高々『ハゲデブオッサン』の三拍子だけで、わざわざ救ってやらなくても良いのでは?とワタクシめは愚考致しますが」
バルテマーは、そんなデッドリッグの言葉に頷く。
「そうだな。そこに『ブサイク』の一言が加わらないのならば、趣向の問題だと言えるが……。
大概の女性はその三拍子が揃っていたら拒絶するだろう?」
コレは、男であるデッドリッグとバルテマーには想像の範囲を出ない程度の事実だった。本当の事実がどうであるかを全くの別として。
「なのでしょうね。
全員が嬉々として、ワタクシめの下にやって参りましたよ。
貴族の婦女子がそれで良いのかと思いはしましたけれど……否、皆、元は腐女子だったのでしょうね」
デッドリッグはバルテマーと二人だけであるからこそ言える表現を使い、その意味はバルテマーにも伝わった。
「であろうな。
でなくば、女性の身で美少女ゲームに興じるなど、あり得はしなかっただろう」
腐女子なら、BLとかの要素のあるゲームや、乙女ゲームに興じるのが普通だ。美少女ゲームに打ち込むのはかなりの強者だ。
「確かに」
デッドリッグも軽く握った右手を口元に運び、ただそれだけ言った。バルテマーにとっても、ソレで十分な返答であった。
「と云う訳で、7人目は任せたぞ。
確か、名前は……ダグナ・バロネット=シュルツ、だったか」
やはり、今世でのバルテマーは、頭が良い。デッドリッグにも聞き覚えがある名前でこそあれど、正確に覚えて等いなかった。
「そのように記憶しておりますが」
あやふやな記憶だったが、バルテマーの発言がソレを補完した。
「間違っても、奈落の底コースは歩ませぬように、な」
ソレは、場合によっては7人目をバルテマーに余裕があれば攻略して貰う選択肢も、全くの無しではないと云う意味に聞こえた。
「ハッ。心得ましてございます」
奈落の底で無ければ良い。デッドリッグはバルテマーの言質を取ったと云う気分であった。
「では、話はそれだけか?」
早々に、話題が無くなった事をバルテマーは悟ったようだ。
「は!はい!」
デッドリッグも、7人目に関しては話すのは今で無くても良いと云う思いであった。
「では、立ち去らせて頂くぞ」
バルテマーは席を立ち、右手を差し出した。
「また、何かありましたら」
デッドリッグはその右手を握り返す。
「ウム。相談に乗らないではない」
そう言って、バルテマーが去り、その直前に、室外がちょっと騒めいていたのは、恐らくあの6人だろうとデッドリッグは判断した。