第5話 エンジェルとの交渉
「――聞きたいことがあるのですが、答えて貰えませんか?」
エンジェルの意外な申し出に戸惑う。
しばし考えた後、アイオロスは答えた。
「何の為に?」
「これが無益な戦いなら、避けたいのです。
元々、私は戦いを好みません。
侵入者を捉えるのが私の役目ですが、事と次第によっては見逃します。
但し、あの刀だけは置いて行って貰いますが」
「……」
信用して良いものかどうか、アイオロスはかなり迷っていた。
直感でそれは嘘では無いと思っていた。
しかし、相手がエンジェルとあっては、アイオロスは過剰なまでに用心せざるを得ない。
「……今さら、エンジェルなんかが信用出来るか!」
叫ぶようにそう言って、アイオロスは走り、斬り付けた。
「『SHIELD』!」
キィン、と金属音を立てて、右手の刀が見えない壁に阻まれる。
続けて放つ左に持った刀による突きを、読まれていたのではないのかというタイミングで懐に潜り込まれるが、そこを右手の刀で斬り付け――
キィン!
「馬鹿な!」
エンジェルの叩き付けた手刀によって、そのアイオロスの刀は根元から折られていた。
再びエンジェルの掌がアイオロスの胸に当てられている。
「くっ!」
ドォンという大きな爆音と共に、アイオロスは再び床を滑っていた。
右手には拳銃が握られている。
爆音は、咄嗟に抜き撃ったその拳銃によるものだ。
直後、刀身の失われた刀――要するに、残された柄――が床に落ちて小さく音を立てた。
「無駄な抵抗は止めて、大人しく投降して下さい」
「そ……そんな……。未だ防御魔法が続いているなんて……」
エンジェルの声を聞くまでは、アイオロスは床を滑りながらも、勝利を確信していた。
無理な体勢から放たれた一発だったが、防がれても躱されてもいなかったはずだったからだ。
だが、エンジェルにとって、それは躱す必要も、改めて防ぐ必要も無く、既に張られていた魔法の盾で弾ける程度のものだったのだ。
アイオロスが勝手に勝利を確信したのは、先程そのエンジェルが使った魔法が、アイオロスの知識と経験に因れば、瞬間的な防御魔法でしか無い筈だったからだ。
無きに等しい呪文の詠唱時間、最低限のキーワードが、その証拠。
魔法の効果は、術者の実力も関わるが、呪文の長さにもその効果は大きく関わっているからだ。
つまりは、こういうことだろう。このエンジェルは、今までにアイオロスが戦ったことのあるエンジェルより、魔法を使う能力に秀でていると。
アイオロスが拳銃で彼女を狙ったのは、時はそのシールドが消えたと予測した瞬間、場所は頭。
今までのエンジェルとの戦いにおける経験から、アイオロスは、結末を頭の中で描いていたのだ。
至近距離から放たれた銃弾は、エンジェルの頭部に命中し、致命傷、もしくはそれに近いダメージを与えているという結末を。
「――他のエンジェルに会った事があるようですね。戦った事も。
話を聞かせて貰えませんか?私はココを護るために、ココにあるものを護るために生み出されたエンジェル。
他のエンジェルとは違います。
あなたにとっては残念な事に、戦闘能力に於いても。
このまま、何も話して貰えないまま戦い続ければ、あなたを殺さなければなりません。
――私を信用して頂けませんか?」
「……」
沈黙が、暫くの時を支配する。
「銃口を向けたままで構わないのなら」
壁に背を預けて座し、もう一発も弾の残っていない銃をエンジェルに向けたまま、アイオロスはそう答えた。
「ええ、構いませんとも」
初めて彼女が笑みを浮かべてそう云うと、アイオロスも無意識に、安堵の嘆息を洩らしていた。