決着

第44話 決着

 睦月が出掛ける際に、玄関から声を掛けられたにも関わらず、楓は返事もせずに、また、朝食を摂る事もしないで、昨日の体勢のまま、楓は時を待っていた。
 
 『ビャッコ』を、一つ外したままで。
 
 楓は、『ビャッコ』を一つ外した状態の自分が、どれだけの能力を持っているかを知っていた。
 
 そして、それを暴走させること無く、使いこなせることも。
 
 頭の中は、デュ・ラ・ハーンに復讐ふくしゅうする事でいっぱいだ。
 
 昨日の香霧とデュ・ラ・ハーンの戦いを見て、恐らく勝てることをも予想がついていた。
 
 勝ち方も決めてある。
 
 頭の中でのシミュレーションも、完璧だ。
 
 不安要素は、たった一つ。
 
 デュ・ラ・ハーンが、東矢と戦った時も、香霧と戦った時も、全力を出してはいなかったという可能性だ。
 
 その時は、仕方が無い。
 
 暴走する可能性を秘めていても、装備している『ビャッコ』を、二つでも三つでも外すだけだ。
 
 
 そう思って、楓は後頭部を撫でた。
 
 まだ、二つ目を外してはいけない。
 
 外す時が来るのを、楓は心待ちにしていた。
 
 恨みを全て、ぶつける時が来るのを。
 
 
 時計を見る。そろそろだ。
 
 楓は家の電話回線を利用し、インターネットを通じて紗斗里とネットを組んだ。
 
 昨日、デュ・ラ・ハーンが言っていたことを信用するのならば、自分の力でならば、ネットを組むことは問題ない筈だ。
 
 その時が来ることを待ち切れず、楓はサイコワイヤーを展開した。その数は――
 
 ――来た!
 
 突然、楓は何もない荒野に投げ出された。
 
 駆けて来るデュ・ラ・ハーンを見付けると、楓はワイバーンを発動させ、そこを目指して飛翔した。
 
 デュ・ラ・ハーンは、飛んで来る楓の姿を認め、馬を止めてソレを待つが、楓の姿は、尋常では無かった。
 
 その原因は、展開するサイコワイヤーの数だ。
 
 ――その数は、数えるとするならば、恐らく万単位。
 
「モ、化け物モンスター!」

 デュ・ラ・ハーンは叫んだ。
 
 逃げる間など無い。
 
 第一、楓の精神世界の何処に、楓から逃れられる場所などあるだろうか?
 
「頼むよ、ドラゴン!」

 楓が、ドラゴンによる光球を放った。巨大な光球だった。
 
 それはデュ・ラ・ハーンに当たると爆発を起こし、デュ・ラ・ハーンを戦車の上から吹き飛ばした。
 
 楓自身は、その爆発に対して備えたイージスによる防御で、デュ・ラ・ハーンに近付くスピードこそ若干落ちたものの、平気である。
 
「けど、ドラゴンだけで殺せるとは思っていない」

 数本のサイコワイヤーが、デュ・ラ・ハーンに触れた。
 
 デュ・ラ・ハーンは、立ち上がる事を強制された。いや、それだけではない。
 
「タイガー。分かるね?あなたの超能力は封じさせて貰った」

「OH、MY GOD!

 WHY?レオパルドを発動させていたのニィ!
 
 どうしてサイコワイヤーがMeに触れることが出来る!
 
 ……はっ!パンサーか!」
 
「ご名答。でも、気付くのが遅かったね。もう手遅れだよ。

 僕は、あなたが1秒でも長くこの世に存在している事が許せない。香霧と同じ死に方をして貰うよ」
 
 デュ・ラ・ハーンの身体が浮かび上がった。
 
 それを中心に楓のサイコワイヤーが展開されて、それぞれの先端にグングニルが生み出された。
 
「バイバイ」

 そして、それらのグングニルが、デュ・ラ・ハーンに向かって放たれた。
 
 串刺しになったデュ・ラ・ハーン。
 
 結果、命があろう筈も無かった。
 
 ……いや。デュ・ラ・ハーンはアンデッド・モンスターだから、最初から命が無かったのかも知れないが。
 
「そうか……。デュ・ラ・ハーンに勝ったのか……」

 そう云ったのは、楓ではない。
 
「第2の人格!」

 その声を聞いた楓は、そうとすぐに分かった。
 
「君は、セレスティアル・ヴィジタントの一員なのかな?

 いや、答える必要は無いよ。
 
 私は条件を満たした時に現れる、単なるデータだ。
 
 フフッ。君のような存在が本当に現れるとは、思っていなかった。
 
 私が会話する事も出来るのに、私を作った男が、繰り返すようだが君のような存在が現れるとは思っていなかったから、それを予知していたと云うのに、手を抜いてしまってね。
 
 ……いや。予知では無いな。
 
 期待していた、という程度ではない。
 
 ……切望していた。そう、切望していたからこそ、今回に限ってはただのデータを垂れ流すだけだが、メッセージを遺しておいたのだろう。
 
 さて。予知によれば、君は赤いパーカーを着ている筈。
 
 そこには、デュ・ラ・ハーンを製作する為に必要だった理論をたった今、書き込んでおいた。
 
 
 フフッ。君がもしコンピューターなら、感染した時に流れ込んだデータの中にも、その理論が含まれている事が分かった筈なのだが、人間が感知するには余りにも短い時の出来事だから、気付かなかったと思うがね。
 
 私は、君がセレスティアル・ヴィジタントの一員ではないことを祈っている。
 
 予知には、そうそう都合良く、その辺りは現れなかったから、私は祈るしか無いのだが。
 
 君がセレスティアル・ヴィジタントの一員では無いのならば、その力を利用して、セレスティアル・ヴィジタントを滅ぼして欲しい。
 
 それだけの能力には目覚めている筈だ。
 
 ……そうそう。実は君は、もう死んでいる筈だ。
 
 そこで、物質の構成能力には目覚めている筈だから、その能力による新たなる肉体の構成を、今、行っている筈だ。
 
 君が目覚めた時には、その新たなる肉体を得て、そして何より、デュ・ラ・ハーンによる寿命の定めに縛られず、自由に超能力を使えるようになっている筈だ。
 
 服までは構成するが、例の赤いパーカーだけは構成出来ないから、死体から剥ぎ取って利用してくれ。
 
 私からは、以上だ。質問は受け付けない。
 
 どうか、セレスティアル・ヴィジタントの跳梁跋扈ちょうりょうばっこを止めてくれ。
 
 ……勝手な事ばかり言って済まない。だが、私には君だけが頼りなんだ。
 
 そしてそれは、結果的に君の為にもなる筈だ。
 
 さあ、目を覚ませ。君は、生まれ変わっている筈だ」
 
 目を覚ますと、そこは床の上だった。
 
 すぐ傍に、見慣れたベッドが見える。
 
 どうやら楓は、自分の部屋のベッドの隣に寝転んでいるようだった。
 
 起きてみると、多少の衝撃を覚える事実が発覚した。
 
 ベッドの上に、楓自身が、血の気を失って、膝を抱えたままの形で寝転んでいるのだ。
 
 楓は――と言って良いのだろうか、ベッドの横に寝転んでいた彼女は、自分自身の格好を確かめた。
 
 服装は、赤いパーカーを羽織っていないことを除けば、デュ・ラ・ハーンと戦う前と変わっていない。
 
 近くにある鏡の前に行ってみた。顔も、楓と全く同じだ。
 
 気が付くと握り締めていた、右手の拳を開いてみた。
 
 そこには、デュ・ラ・ハーンと戦う前に外しておいた、ビャッコらしきプラグが握られていた。
 
 それを、後頭部に差し直した。
 
 そこまで構成されているのに、赤いパーカーだけは構成されていない。
 
 恐らく、それの絶対数を増やさない為だろう。
 
 何か、特殊なものなのだろうか?
 
 
 デュ・ラ・ハーンの第2の人格に言われたまま、楓の死体から赤いパーカーを剥ぎ取った。
 
 それを着てプラグを差し込むと、紗斗里のデータに加えて、確かにデュ・ラ・ハーンの製作に必要な理論が書き込まれていた。
 
「これなら……それぞれの能力を欠片に分解して、ソフトを作る事が出来る。脳に負担を与える必要無く。

 やっぱり、普通の人間には、全ての超能力に目覚めさせる事は、無茶な事だったんだ。
 
 デュ・ラ・ハーンに殺されなくても、近い内に死んでしまう程に」
 
 楓は、香霧の死因を知った。
 
 手遅れになるのが早かったのは、本当に手遅れになっていたからなのだ。
 
 その先の香霧は、デュ・ラ・ハーンの能力によって、強制的に生かされていたのだ。
 
 それを、デュ・ラ・ハーンが自分に負けた事を理由に、生かし続ける事を止めてしまったのだと。
 
「……でも、今の僕なら、生き返す事が出来る!

 今頃、恐らく香霧のお葬式をやっている筈。
 
 ESPで、香霧の死体を感知!――あった!テレポート!」
 
 
 葬式式場では、香霧の両親が、棺桶に入った香霧の死体を眺めながら、呆然としながらも、葬式に向けて準備をしているところだった。
 
「待って!」

「――楓ちゃん」

 面識のある、香霧の母親に楓はペコリと頭を下げる。
 
「香霧、助けられるかも知れない」

「……何ですって?」

 楓は香霧の棺桶に近付く。
 
 『Phoenix』の能力を使うのとそれに従って、香霧の体内のバグを取り除く。
 
 やはり、楓の予想通りだった。少なくとも香霧にとって、超能力は『バグ技』だったのだ。
 
 香霧の身体に巣食うバグを一つずつ丁寧に取り除く。そして、『Phoenix』で黄泉返りを試みる。
 
 そして、最後の一つのバグを取り除いた時、奇跡は起きた。
 
「……ん。

 ……ん?楓ちゃん?」
 
「香霧!」

 楓だけでなく、香霧の両親も泣きそうだ。
 
「――助けに、来たよ」

「ありがとう。私、死んじゃったと思っちゃった」」

「僕が黄泉返らせた。

 ゴメン。本来なら、死ぬ前に助けるべきだったのに……」
 
「良いよ、楓ちゃん。結果論だけど、私は助かったんだから」

「それで、お別れしなくちゃならないの。香霧とは」

「え?……どうして?楓ちゃんは、無事に乗り越えたんでしょ?」

「うん。だけど、本来の僕は死んでしまっているから」

「……え?!……え!?」

「ゴメン、香霧。

 僕はもう、研究所のモルモットにでもなるしか出来ないんだ」
 
「させない!楓ちゃんを、そんなに哀しいことになんか!」

「でも、それが僕の生きる上で、人権を持って生きられる、唯一の道だから。

 それは同時に、僕の希望でもあるんだ。
 
 ……もう、行かなきゃ」
 
「ヤだ!楓ちゃん!行かせない!」

「バイバイ」

 香霧が掴んでいた楓の腕が、楓の姿ごと消えてしまった。
 
 香霧が、楓を呼ぶ声が響く。だが。
 
 彼女が、二度と楓に会うことは無かった。
 
 
 そして、何十年もの後に、セレスティアル・ヴィジタントとの戦いが訪れるが、それを語るのはまたの機会に。