楓の失踪

第8話 楓の失踪しっそう

「キャットだ!キャットに切り替えろ!」

「……え?」

 光の飛んできた方向に、目を向ける。
 
 金髪の男が、両手で投げ槍を練っていた。明らかに、超能力だ。
 
 なのに、その程度の距離ならば通用する筈のパンサーが機能していない。
 
 ……いや、機能していないのではなく、通用しないのだろうか?
 
 疾刀は現状を把握出来ずに佇んでいた。
 
 一方、自分の手に一向に炎が現れない事に対して、恭次の苛立ちは増してゆく。
 
「さっさとしろ!アレにパンサーは通用しねえんだ!キャットにでも切り替えろ!」

 言われるままに、疾刀は使用するソフトをパンサーからキャットに切り替える。
 
 金髪の男が放った光の槍を、際どいところで炎が迎撃した。
 
 爆発して飛び散る火の粉が、疾刀にも降り注ぐ。
 
「頼む、オッサン!アイツのサイコワイヤーを食い止めてくれ!」

 恭次は、自身でもサイコワイヤーを展開する。展開しながらも、光球を炎で迎撃する。
 
 疾刀はその言葉に従うのを躊躇っていたが、金髪の男がサイコワイヤーを放つのを見て、慌ててキャットによってサイコワイヤーを展開する。
 
「捉えた!」

 恭次が叫ぶ。
 
 その姿が消え、今度は金髪の男の近くで、その声が聞こえた。
 
「緋炎斬!」

 テレポートしたらしく、金髪の男の背後に現れた恭次は、炎の剣を手にし、展開された光の壁ごと男を断ち切る。
 
 男はそのまま炎に包まれ、もがき苦しむ。
 
 やがて地面に倒れたかと思うと動かなくなり、炎が消えた後には、消し炭と化した死体が転がっていた。
 
 遅まきながら、パトカーのサイレンが聞こえてくる。
 
 死体を見下ろしていた恭次が、その音に反応して顔を上げる。
 
「場所が場所なだけに、目立ち過ぎたな。

 よし、今日のところはこんなところで終わりにしとくかぁ。
 
 オッサ~ン!ありがとなー!」
 
 疾刀に向かって手を振る恭次の身体から、一本のサイコワイヤーが遥か遠くへと伸びて行く。
 
 すぐにその先端は何処かへと消えて、恭次自身も消え去った。
 
 サイレンがゆっくりと近付いて来る。
 
 道が混雑しているのだろう、まだその姿は見えてはいない。
 
 野次馬が、遠巻きに見物している。近くのビルの窓には、内側から張り付くようにして見ている人影も見える。
 
 疾刀の周りには、もう誰もいない。ただ、燃え上がる車が残されているだけだ。
 
「……楓ちゃん?

 あれ?どこに行ったんだろう?」
 
 それと同様に、楓の姿も、そこには無い。見回しても、どこにも見当たらない。
 
 事態が事態なだけに、安否が気にかかる。
 
 疾刀の見ていた限り、巻き添えを食ってはいなかった。
 
 探そうにも、行き先に心当たりが無い。
 
「念の為、僕が一緒に行った場所くらいは探してみますか」

 真っ先に、会社に戻る。受付の女性に聞いてみるが、戻ってはいないと言われた。
 
 近くで、楓と共に行った場所は少ない。昼食に出掛けたのと、服を買いに行った程度。
 
 念の為に回ってみるが、見当たらなかった。
 
 途中で交番を見付けて駆け込むが、残念ながら無人だった。あの騒ぎで駆り出されたのだろうか。
 
 およそ一時間探し回り、収穫は何も無い。
 
 もう一度会社まで戻ってみると、何台かのパトカーと消防車が止まっていた。炎上していた車は、既に鎮火されている。
 
 近くにいた警官に訊ね、見つけたら連絡をくれるよう、連絡先として名刺を渡して頼み、仕方なく家に帰る事にした。
 
 警官からも逆に幾つか質問をされたが、会社から出ると騒ぎになっていたこと、人が集まってよく見えなかったこと、車が炎上したのでみんな逃げ出したこと、その時に楓とはぐれてしまって探しているところだということを答えた。
 
 余計な事は、一言も言わない。
 
 警官の方も、疑った様子は無かった。
 
 楓を探しながら、いつもの道を通り、地下鉄へと向かう。
 
 お金を渡していなかったので、一人で地下鉄に乗って帰ったということは無いだろう。しかし、駅で待っているという可能性もある。
 
 だが、やはり楓の姿は見つからなかった。
 
 地下鉄に揺られながら、考え込む。
 
 誘拐という可能性も考えてみたが、あの騒ぎのどさくさに紛れての誘拐というのは、あまりにも不自然だ。
 
 気を逸らせる為に騒ぎを起こしたという可能性も、無いだろう。
 
 思い浮かんだ可能性として、一番考えられるのは、知り合いに会ったという可能性だ。
 
 何も言わずにいなくなったのが気になるが、そうだとすると楓は無事だという事になるので、多少の安心感が得られた。
 
「連絡でもくれると良いんですけどね」

 だが電話番号も教えていないのでは、それもあまり期待出来ない。
 
 夕食の事などすっかり忘れて、疾刀は地下鉄を降りた。
 
 利用者の少ないこの駅では、やはり今日も降りたのは疾刀一人だった。
 
 だが、その駅に居たのは、彼と駅員だけではなかった。
 
 そこにいた、あの落書きの前に立っていた人影の赤い髪を見て、疾刀はまたあの迷惑な奴がいるのかと、一瞬思ってしまった。
 
 改札に向かう疾刀の足音を聞いて、その人影が振り返る。体にピッタリとした黒い革製の服の描くラインは、男のものではない。
 
 髪の毛も短くしているが、逆立ててはいない。
 
 疾刀の姿を認めると、彼女の真紅に染められた唇が、美しい弧を描く。
 
「そこのお兄さん、ちょっと良いかしら?」