第35話 龍青の切り札
「……『罠』?」
「ソウ。貴様ガ近距離戦ヲ望ムノハ、近距離戦デ私ヲ圧倒スルコトヲ予想シテノコトダロウ」
「確かに、近距離戦でも、僕は君に勝つことが出来るだろう。
だが、遠距離戦は通用しないことは、そろそろ思い知ったのではないか?」
「確カニ。
ダガ、モウ一ツ、手ガアル」
そう言いながら、龍青は狼牙の方に歩いて行く。
「……それが、もう一つの手なのか?
僕には、僕の言った通り、近距離戦を挑んで来ているようにしか思えないが」
「イヤ……。
遠距離戦デモ近距離戦デモ勝テナイノナラバ、手ハモウ一ツシカアルマイ。即チ――」
龍青はセリフ以外の何の予備動作も無く、エネルギー弾を放った。
「中距離戦ダ」
「僕には通用しないがね」
先程より近いとはいえ、この距離でもまだ、エネルギー弾は狼牙に受け止められている。
龍青は、尚も近づく。エネルギー弾を、狼牙には受け止めきれなくなる距離に至るまで。
だが。
そのエネルギー弾は、放っても放っても、あるいはうけとめられ、あるいは狼牙から返されたエネルギー弾に当たって対消滅し、一発もクリーンヒットは、無い。
龍青は不安を覚えた。本当に、近距離戦しか勝負の着け方はないのか、と。
「もう一つ」
その不安が、狼牙のセリフによって、体を飛び上がらせた。
狼牙は休みなく放たれるエネルギー弾を左手で受けては返しを繰り返しながら、右手で何かを投じる動作を見せた。
何かを持っていた様子も、投じられたものも見えなかったので、龍青は安心していると、腹部に痛みが走った。
見れば、そこから血が流れている。
「ココは、十分に僕の間合いだよ?」
「ナラバ、ヤッテヤル!貴様ノ望ム、近距離戦ヲ!」
龍青は駆けた。狼牙に向かって一直線に。そのスピードは、狼牙の予想より速かった。
龍青は両手の爪を武器に、襲い掛かった。狼牙は、それを相手と自分の手と手を組み合わせることによって受け止めた。
龍青の力は、狼牙が予想していたより強い。恐らく、興奮による脳を中心とした分泌物によるものだろう。
龍青の爪が、狼牙の手の甲に食い込んだ。恐らく、龍青が初めて狼牙に与えた傷だ。
狼牙は、心配した。
――近距離戦は、失敗だったか?こんな形になるとは思わなかった。これでは、ナイフを生み出せない。
生み出しても、刺すことも投げることも出来ない。
それに、コイツはワードラゴン。仮にもドラゴンの眷属なのだから、次に来るのは――アレだ。
アレしかない。今ほど、アレを使うのに適した時は無い。……僕のバリアで、防げるか?
狼牙が心配していると、龍青は「クックックック」と笑い出した。
「最後ノちゃんすヲ与エヨウ。次ノ攻撃ヲ繰リ出セバ、恐ラク君ノ命モ、彼女ノ命モ無イ。
サア、私ノ後継者ニナルカネ?」
――詩織は、恐らく大丈夫だ。彼女を覆うようにバリアを張っているし、更に壁のようなバリアも、動いた時に張った。
だが、自分の体を覆うバリアしか身に纏っていない狼牙は、耐えられる自信が無かった。まず、爪が手の甲に食い込んでいる。
そして、恐らくは次に龍青が繰り出すであろう攻撃は、ドラゴンの最強の攻撃だからだ。
だが、それでも。
「やってみろ!
僕は、それに耐えてみせる!
そして、それが通用しなければ、君が勝つ可能性がゼロになる!」
そう、それにさえ耐えられれば、何とかなる筈なのだ。例え、筋力で負けていても。
「ナラバ、喰ラエ!」
龍青は、大きく息を吸い――思いっきり吐き出した!即ち、ドラゴン・ブレスを!