魚屋とパン屋

第9話 魚屋とパン屋

 ガヤガヤと賑やかな人並みが店先を行き交う。
 
 昼時とあって、飲食店が賑わいを見せ、観光客と思しき異国の人々が店先を眺めていた。
 
 平和な街並みを見せる、然程さほど大きくないその都市こそが、面積だけなら世界最大と云える、最強の軍事国家・テイジア帝国の首都であった。
 
「何しろ、森ばかりの国だからねぇ。今さら、本腰を入れて攻め込む国も無いんじゃないかねぇ。

 そのクセ、軍隊ばかりは強いからねぇ」
 
 薄暗い店の奥で、店の主人は云う。
 
「俺は、世間話をしに来た訳じゃ無い。

 そろそろ本題に入ってくれねぇか?」
 
 多少苛立った様子で、レズィンは口を開く。
 
「そう、急かさないでくれよ。

 世間話をする位しか、こっちにゃ楽しみらしい楽しみもないんだから。
 
 たまに顔を見せた時ぐらい、付き合ってくれても良いじゃねぇか。
 
 それに、こんなでっかい金塊を持ち込まれたって、昨日今日で何とか出来る代物じゃあないよ、コイツは」
 
 云って店主が叩いたのは、大人の腕程の大きさがある金塊だった。
 
 汚れも見当たらず、矢鱈と重い。
 
 見るからに純度が高いであろう事は、容易に予想がついた。
 
「国から頼まれた仕事も終えて、それなりに懐は潤っているんだろう?

 それに第一、どっからこんなものを手に入れたんだい?
 
 まさか――」
 
 店主が云わんとしたことを、逸早く察したのだろう、レズィンはすぐに先手を打った。
 
「犯罪に手を染めちゃあいない。

 それにソイツは、知り合いから換金を頼まれた物だ。ソイツは、早めに金が欲しいらしい。
 
 ――なぁ。相場の半額……いや、それ以下でも構わないんだ。
 
 早いトコ売っ払うなり、買い取るなりしてもらえねぇか?」
 
 レズィンの云う通り、その金塊はハスティー姉妹から街での滞在費用として、換金を頼まれている物だった。
 
 ハスティー姉妹が何処から手に入れたのかも分かってはいない。。
 
「まぁ、安くて良いって言うんなら、ねぇ。

 比重を量ってみても、確かに純度は高いようだし、良い代物だ。
 
 ……ほらよ」
 
 店主は布袋を一つ取り出して、レズィンに向かって放り投げる。
 
 受け取って中身を確かめると、レズィンはすぐに席を立った。
 
「ありがとよ。

 また何かあったら、頼むぜ」
 
 礼を云うと足早に店を立ち去り、姉妹を探す。
 
 服は地味な服に着替えさせたものの、二人は目立つ筈だった。
 
 何しろラフィアは、エメラルドグリーンの髪の持ち主なのだから。
 
 幾らかお金は持たせてあるものの、宿からそれ程遠くへ離れているとは思えない。
 
 レズィンは宿へ向かって歩いた。
 
「何だって俺が、こんな使いっ走りみたいな真似を……」

 愚痴を零しながら、早足で歩く。放っておいて、揉め事を起こされると厄介だ。
 
「まあ、これは面白い」

「居た!」

 ラフィアのものらしき声を聞きつけて、すぐにレズィンは二人を見つけ出した。
 
 何故か人だかりの出来ている魚屋の前だ。
 
 危うく通り過ぎるところで、何故こんなところにと思いながらも、二人に近付いて行った。
 
「何なんだ、この人だかりは!」

 良く見れば、それが姉妹の他は男ばかりだと気付いた筈だ。
 
 大人しくしていれば、妹のシヴァンはすらっと背の高い美人。
 
 そして姉のラフィアは、髪の色も珍しい上、妹を上回る美女だ。
 
 それなりの格好をしていれば、それが多少地味な服であろうとも、自然と人が――男が集まって来る。
 
「どうしたんだ、一体こんなところで?」

「あら、レズィンさん。

 ほら、見て下さい。
 
 ココ、本当におさかなを売っていらっしゃるのよ?」
 
 世にも珍しいものを見付けた様な口ぶりで、ラフィアはレズィンを手招きした。
 
「――そりゃあ、魚屋なんだから、魚を売ってるのは当然だ」

「まあ、そうなんですか。

 私には知識しか無かったもので、珍しくて、つい。
 
 ところでコレって、食べられるものなのですか?」
 
 どうやら本気で云っているらしいことに気が付いて、レズィンは頭を痛めた。
 
「食えるものでもなけりゃあ、売っていないだろうよ」

「けど、おさかなを食べると、不老不死の命を得られるって言いますよねぇ?

 こんなに沢山売っていらっしゃるのでしたら、皆さん、不老不死の命を持ってらっしゃるのですか?」
 
「……どこから得た知識なんだ、ソレは?」

「違いますの?」

 悲しそうな目付きで、しゃがみ込んでいたラフィアはレズィンを見上げる。
 
「ち・が・う!」

 はっきりと、一文字ずつ区切って断言する。
 
 より一層悲しそうな目付きで、虚ろな魚の目と見つめ合うラフィア。
 
 だがしばらくして、何かを期待するような眼をして振り返り、目を輝かせてレズィンを見上げた。
 
 最初の内はそれが何を意味するのかに気付かなかったレズィンだが、やがて一つの可能性に考えが至る。
 
「……食べたいのか?」

 コクコク。
 
 無言で頷くラフィア。
 
「分かった、夕食の時にな」

「わあ♪

 親切なんですのね」
 
「さっさと行こう」

 長居は無用とばかりに、レズィンはラフィアの手を引っ張り、歩き出した。
 
 シヴァンは大人しく後を付いて来る。
 
 昼飯を何処で済ませようかとあれこれと思索しながら歩き回っている内に、レズィンは突然、グイッと手を強く引っ張られた。
 
 ラフィアの華奢な体つきには似合わない強い力に、レズィンはバランスを崩す。
 
「何だぁ?」

 振り向くと、ラフィアは一軒の店の方を向いて立ち止まっていた。
 
「良い匂い」

「……パン屋か。

 この店は高いんだ。それに、パンだけじゃ腹の足しにならん。
 
 行くぞ」
 
 引っ張るレズィンだが、彼女はビクとも動かない。
 
 困った顔をしてシヴァンの方に顔を向けるが、ただ肩を竦められるだけであった。
 
「『ぱん』って、食べられるものなんですの?

 そう云えば、私、お腹が空きましたわ」
 
 くぅっと小さく、ラフィアのお腹が鳴る。
 
 結局は、自分の金では無いのだからと腹を括ったレズィンが、しばしの後に、ラフィアが食べたいと云ったパンを、片っ端から全部、集めて買った。
 
 一抱えものパンを担いで店を出る羽目におちいった。