魔法の弓

第31話 魔法の弓

「クィーリー。念の為、確かめてくれ」

 言われて何故か、クィーリーは躊躇ためらった。
 
「……良いんですか?」

「……?

 何か、問題でもあるのかい?」
 
「――まぁ、撃ってみてから言う事にしましょうか」

 クィーリーはアイオロスから弓を受け取って、構えた。
 
 大抵の洋弓がそうであるように、その弓も右利き用だった。
 
 クィーリーは左手に持ったその弓を、ボウスリングと云う紐の様なもので、グリップを然程しっかりと握らなくても、落ちないようにした。
 
 アーチェリーを使う際には、弓のグリップ――ハンドルと、本来は呼ばれる部位なのだが――を握ってはいけないのだ。
 
 左右の爪先を結ぶ直線上に的が来るように立つ。
 
 左手を真っ直ぐ左に伸ばした。この際、肘の関節部が、上に曲がるようになってはいけない。身体の正面の方向に対して曲がるように構える。これを、肘の返しと云う。
 
 肘の返しを行わないと、肘の関節に弦――ストリングと云うのだが――がぶつかって、肘関節も痛めれば、矢の軌道もブレてしまう。
 
 それでも、腕に多少はストリングが当たるので、アームガードを付けねばならない。それによって、矢の軌道のブレは、最低限に抑えられる。
 
 右手は、人差し指、中指、薬指で引っ掛けるようにストリングを引く。
 
 この際、指に力を込めてはならない。飽くまでも、引っ掛けるのみだ。
 
 そして、ストリングを引く時には、背中の筋肉で引くことを意識し、肘が的とは逆の方向に引っ張られるようなイメージを持ちながら引く。
 
 ストリングが、クィーリーの鼻の先端と、唇、あごの先端にくっついた。
 
 その時には、もう、魔法の矢が生まれている。
 
 本来なら、引くべきところまで引いた事を、引いた加減を知る為の、クリッカーと云う金具が報せてくれるのだが、それはその弓には無い。だから、自分で加減して引かなければならない。
 
 サイト――照準とでも言ったら良いだろうか――が自動的に動く。勿論、自動的に動くのは、その弓がマジック・アイテムだからだ。
 
 サイトは、二箇所にあった。その二箇所と的の中心を重ねるように狙って撃てば、大きく外れる事は無い。
 
 競技用のアーチェリーでは、サイトは一箇所のみ。他に傷等で二箇所目以上にサイト以外の目印を付ける事は、競技では認められない。
 
 二箇所目の目印を付ければ、命中率はグンと跳ね上がる筈なのだが。――銃がそうであるように。
 
 が、敢えて競技ではそうしない。勿論、サイトの位置だって自分で調節しなければならない。
 
 引き絞った弓の、その矢を放つ時の感覚は、引っ掛かりを放つように。
 
 放たれた矢は、狙いを違う事無く、的の中央に吸い込まれるように突き刺さったかと思うと、傷痕きずあとを残して消え去った。
 
「大した威力じゃなさそうだね。

 この弓、本当にエンジェルに通用するのかい?」
 
「ええ。

 的についた傷痕が小さいから、疑問に思っているのですか?
 
 それには、理由があるんですよ。――何だと思います?」
 
 少し考えてから、アイオロスは小首を傾げた。
 
「――さあ?」

「あの的も、マジック・アイテムだからですよ。

 簡易的なもので、一週間もすればただの木の板になってしまいますけど」
 
「……あ、本当だ。弱いけど、魔力が籠ってる。言われるまで気が付かなかった」

 そう言ったのはフラッド。魔力を見る事が出来ないアイオロスとトールには、全然分からない。
 
「それにしても、高過ぎない?良く、そんなものに10万も出す気になったわね」

「……?

 高くて当然でしょう。仮にも、アルフェリオン製ですもの」
 
「「何ぃぃぃぃー?」」

 まともに顔色を変えた店員と共に、フラッドも驚いて随分なリアクションを取った。
 
「ど、何処がアルフェリオン製なんだい、お嬢さん?」

「ほら、この弦が」

 よーく見れば、弦が特殊なものであることは分かった。
 
 だが、マジック・アイテムに触れる事も比較的多い、パンデモニウムの店員ですら、言われなければ分からなかったのだ。
 
 ソレを見分ける難易度は高い。
 
「き、気付かなかった……。

 アルフェリオン製品と云えば、100万出しても買えないものも多いと云うのに……。
 
 そ、そんなものを、俺ァ、たったの10万で売っちまったのか……」
 
「先に言っておきますが、返品や追加料金はお断りしますから」