髪の毛

第67話 髪の毛

 大和カンパニーは、『クルセイダー』と組んでいる訳では無い。

 単に、疾刀と楓、紗斗里が隼那、恭次と因縁があり、個人的に協力体制を敷いているのみだ。

 総司郎に関して言えば、紗斗里の赤いパーカーのように、肝心なデータベースを外付けで持っている訳では無いので、社外で会う事は出来ない。

 そして、社内で会うには、アポイントメントを取って、誰かしらの認可を得なければならないが、事実上、ソレは紗斗里の判断になる。

 それは、大和カンパニーサイドとしては、『クルセイダー』は敵対勢力だし、紗斗里のみ、『クルセイダー』が必要な場面で協力を受け入れる意思があるが故だ。

「僕のバックアップも、そろそろ用意した方が良いかな?」

 総司郎はそう言い出すが、会社側ではそう簡単に認可は下せない。

 社外で活動されても、会社側ではメリットが無いからだ。

 しかし、その活動が社会の為になるのならば、用意せざるを得ない。

「特注のメモリーワイヤーを用意しなければならないのよねぇ……」

 篠山室長は、前向きに検討しようとしていた。

 特注の、メートル単位の長さがあるメモリーワイヤーを、編み込まなければならない。

 そして、それを忍び込ませたパーカーが必要になる。

 パーカーである理由は、疾刀の後頭部にある特殊なサイコプラグを差し込んだところを、パーカーのフードで隠す必要があるからだ。

 何故、隠す必要があるのか。

 そう問われると、少し困るのだが、特殊なプラグを使用する為、そのソケットにプラグが刺さっているところを見られるのが不都合だからだ。

 何せ、『総司郎』モードになると、ありとあらゆるサイコソフトが理論値の上限を超えて、自由に使えてしまうからだ。

 ただ、それでもなお、『紗斗里』には劣った。何せ、強過ぎて放っておけば暴走する超能力を、『Tiger White』ビャッコによる12重の封印で抑え込んでいるからだ。

 性能的には、紗斗里の方が上。だが、完成度では総司郎の方が上だった。

 原因は、楓の肉体が超能力に最適化され、死後、再構成されたのが今の楓だからだ。

 故に、楓は厳密には楓本人では無い。記憶も全て持ち越したが、一時期、それこそ『紗斗里』としてのみ活動していた間は、他のサイコソフト人格からこう呼ばれていた。

 即ち、『名も無き娘』、と。

 他に名乗るべき名も無くて、疾刀と出会った時に再び『楓』と名乗りだしたが、ソレは渾名に近い。

 ただ、アンチサイ能力に於いては、総司郎に並ぶべくも無かった。

 そもそもが、アンチサイ能力と云うのは、超能力に対するセキュリティー能力であった。

 そして、その才能は遺伝子情報として潜在しており、それが故に、疾刀の髪の毛は『CA-G7』の性能を引き出すべく、五厘刈りに刈られた。

 その髪の毛が無ければ、『CA-G7』は完成しなかったか、それとも性能が今より劣るものであったことは確実だ。

 それ故、今更ながら妊娠した、奈津菜と疾刀の子の遺伝子は、非常に期待が持たれていた。

 もうじき、奈津菜は産休する。期待を背負った、大事な子供が故に、大事を取りたいところだった。

「無事に産まれて来ると良いわね」

 篠山が、奈津菜に期待の声を掛ける。多少の高齢出産が故に、若干の不安もある。

 出産予定日は、4月1日。奈津菜は無理のない範囲で産休を取って、才能があろうと無かろうと、その子を愛すつもりでいた。

 何せ、待望の疾刀との子供。付き合い始める前は、夢でしか無かった子だ。出産に支障を来さないが無いように、いつもの井戸端会議にも出掛けていない。

 その分、他の開発室に若干の活躍の機会を与えたが、そもそもが、奈津菜が他の開発室の情報を入手し、先手を打って手柄を搔っ攫っていたのが、やや困り事であったのだ。

 今は、それが正常な状態に戻っていたと言える。

 ただ、奈津菜も入手した情報をそのまま流用すると云う事まではしていなかったが故に、第二開発室は純粋に活躍の機会が減ったと言える。

 それでも、『CA-G7』の開発は一大事業で、疾刀は髪の毛の提供でボーナスを貰っており、何度か第二開発室の皆に食事やお酒を奢っていた。

 特に、奈津菜がそう云った事に五月蠅かった側面もあったが、皆が考えているボーナスの額と、実際に疾刀が貰ったボーナスの額との差は、文字通り桁違いだった。

 何桁違うかは敢えて言わないが、実際の金額の方が上である事は言うまでも無かっただろうか。

 疾刀はその額を奈津菜にも未だ伝えていない為、奈津菜がとんだ玉の輿に乗れたことには、未だ気付かれていない。

 ただ、上司として篠山はその額を知っており、コレで商品が売れなかったら大問題だぞと思っていたが、実際には既に予約が殺到している。

 正直、疾刀が腰まで伸ばしていた髪の毛でも、未だ足りなかったのだ。

 故に、会社では髪の毛の養殖と云う奇妙な仕事が密かに行われていた。

 密かにとは言え、疾刀、篠山は当然知っており、紗斗里や総司郎も知っていた。

 楓は知っているのかと云うと、紗斗里は楓の記憶に残さないで自らの記憶として保存すると云う技術が可能であり、秘密にされていた。

 因みに、競合他社は、その髪の毛の価値を知ってもおらず、お相手にもならない状態なのであった。