第38話 音速の壁
コアの性能一覧表を渡された魔法機部部長は、感涙してそれを受け取った。
「序でだが、追加のコアを渡しておく」
デッドリッグはコアを梱包材で包み、5つ入れた袋を部長に渡した。
「ありがとうございます!
僕らは、立派な『飛車』を作って差し上げさせて頂きます!」
「一応、お披露目の前までは、内密に頼むぞ」
「ええ、緘口令を敷いておりますとも!」
現状、何処から情報が洩れるか、知れたものでは無い。
緘口令を敷くのも、当然の行いだ。
何より、今現在、『飛車』の開発技術は魔法機部の他に、この世界には存在しないのだ。
主だった部員には、卒業後の行き先として、デッドリッグの与えられる筈の領地での技術開発を頼むつもりでもあった。
「何だったら、未だフリーのコアを、あと五つほど持ってきているが、要るか?」
「いえいえ。僕たちには未だ、コアの加工をする技術も、その為に必要な『ドラゴンの血液』もありませんよ」
「コピーを作るだけだったら、そう難しくはあるまい?」
「いやいや、無茶を仰る。僕たちには判らない言語で書かれているのに」
そう、デッドリッグの扱う『龍血魔法文字命令』は、英語で書かれているのだ。デッドリッグの実感として、コチラの世界の言語で描くより、5割増しは高い性能を発揮してくれる。
デッドリッグの場合、HTMLで描くのだから、英語を使うのは当然だった。だが、英語を理解出来るのは、前世の記憶持ち達ばかり……。
だから、『龍血魔法文字命令』で描く技術は、総じて転生者の方が高い。
コアに描く技術に関して言えば、慣れたデッドリッグと他の転生者とでも差があるぐらいだ。
故に、『飛車』の開発に関しては、圧倒的にデッドリッグに利点が多かった。
ただ、機械のアームを利用して、各コアの位置や方向を操作する技術に関して言えば、魔法機部は現時点で世界一位だ。
本人たちは、そこまでの自覚は無かった。──今、気付いてしまったが。
特に、推進力の源となるメインコアに関して言えば、強固に位置を固定されている。その動きによって、『飛車』そのものが動く為だ。
加速に関して言えば、訓練していない人間が耐えられる限界にかなり近い、『7G』迄は許容しているが、それ以上の加速圧・減速圧はリミッターコアによって制御されている。
実際には、未だ時速100mまでしか出せず、加速圧も最大で『1/100』にまで減圧される為、音速程度は出しても問題無さそうだ。
デッドリッグの思考がソコまで及んだ後、デッドリッグはこの場で一つのコアを作ろうと思った。
「部長、ちょっと作業場を提供して貰えるかな?」
「?ええ、構いませんけれど。──まさか、新しいコアのアイディアですか?」
「うん、そうなんだ。
『ソニックコア』と云うのを導入して、加速圧の軽減と同時に、音速──時速1200キロまで出せるようにしようかと思うんだ。
勿論、セーフティコアやリミッターコアをメインコアから離して、安全性を度外視した性能になるけれども。──どう思う?」
「現状が、遅すぎると云う致命的な欠陥がありましたからねぇ。スピードの上限を上げる事自体は良しとしましょう。
ですが!──リミッター解除の操作をしない限り、時速120キロまでに抑えさせていただきますからね!」
「うん、十分だ」
そう言って、デッドリッグは作業場の一角まで案内して貰い、亜空間袋に仕舞ってあった、フリーのコア一つと『ドラゴンの血液』の入った瓶、ペンを一本取り出した。
「貴重な機会なので、見学させて頂いて構いませんか?」
「うん、構わないよ」
そう言って、デッドリッグは『ドラゴンの血液』の入った瓶の蓋を開け、ペン先を突き刺してフリーのコアに文言を書き込んでゆく。
大した事ではない。『飛車の速度の上限を音速にまで高めよ』と云う命令を英語で、『Increase the upper limit of the vehicle's speed to the speed of sound』として、ソレを単語毎に頭文字を大文字にして、スペースを削除するだけだ。
つまり、『IncreaseTheUpperLimitOfTheVehicle'sSpeedToTheSpeedOfSound』と書き込む事になる。
実際には、音速を超える事は無い。何故ならば、音速を上限としている上に、空気抵抗等があるからだ。
しかし、コレで飛車は『亜音速』迄のスピードを出せる事になった。
後は、リミッター等々の設定は、魔法機部に任せるのみだ。
「これで……『16CS』になる訳ですね」
「そうだな」
デッドリッグの頭の中では、持ち上げ重量の制限を高める、『スーパーパワーコア』なるものを発案していたが、ソレは飛車が運搬手段となってからの話だろうと思い、省略した。
現時点で、ギアコアのお陰で、『1000kg』迄は問題無く運べる。人が4人程度ならば、問題無く飛べるようだった。
勿論、ハイトコアをずっと高い位置にキープさせようとする力を利用して、数百kgならば、問題無く運べる。
運搬用としても、既に十分な性能を備えていると言える。
ソレ以上は、その必要が出て来た後で良いかと、デッドリッグは見切り発車したのだった。