音痴

第21話 音痴

 音楽室に行ったデッドリッグとローズは、結構しっかりしたギター──擬きと言ってしまうのは、失礼な位の品を目にした。

「ふーん……。

 ローズは弾けるのか?

 ちょっと音を聴いてみたい」

「心配せずとも、楽器製作職人に頼んで作成して頂いた、確りした品で御座いますよ。

 弾き語りしても良いですが、折角ですから、先ほどの曲を殿下に歌って頂きましょう♪♪」

 そう言うと、アコースティック・ギターを手に席に座ったローズが、前奏を引いてゆく。デッドリッグは、それに合わせて歌を一曲歌った。

 そして、歌い終えると。

「むぅ……想像以上に音痴で御座いますね。

 コレを、人前で歌っても恥ずかしくないレベルまで育てるのは……難物かも知れません」

「だから、歌えないって言っただろうが!」

「いえ、雰囲気は出ています。

 ただ……この曲が、殿下に合っていないだけかも知れません」

「いいよ、無理に俺が歌わなくても。

 確か、ツインギターにツインベース、ドラムと言っていただろう?

 一人余る。ソイツが歌えば良い」

 ローズが目を見張る。

 まるで、デッドリッグが歌わないと云う選択肢を予想していなかったかのように。

「……殿下、本当にソレで宜しいのですか?」

くどい!俺には過ぎた役目だ!」

 それはそれで、ローズには誤算で困るのだろう。だがしかし、デッドリッグの示した案の方が現実的なのは確かだ。

「……判りました。

 本日の放課後にでも、皆で相談して練習を始めましょう。

 とは言え、デルマとカーラは、戦力になるかどうか、微妙ではありますけれど」

「どっちかに歌わせれば良い」

 『音楽祭』なぞ、『ヘブンスガール・コレクション』には存在していなかったイベントだ。

 ヒロイン達の誰かに、『歌姫』とでも言われる者が居れば、その娘に歌わせれば良かったが、生憎、そんな設定は無い。

 強いて言えば、前世でカラオケが趣味であったか否か、と云う情報があれば、その娘に歌わせれば、話は早いだろう。

「──判りました。

 今年、『歌姫』が一人、誕生致します。

 殿下は、その娘を大いに褒めてやって下さいまし」

「『音楽祭』が成功に終わったら、全員褒めてやるよ!

 その位は当たり前だと判っている」

 まるで、『馬鹿にするな!』とでも言いたげに、デッドリッグが言い放つ。

「でも……勿体無いですわよねぇ……。

 殿下の声、中々美声ですのに。

 まさか、音程が取れないとは思いませんでした」

「おい、俺、あのゲーム、全員攻略コースは勿論、各自の溺愛ルートの全ても確認しているのだぞ?

 凡その事情は言わずとも察しろよ」

「……?──あ!」

 ローズは察したらしかった。

「……前世がキモヲタオッサンだったからと、引き返すにももう遅いぞ?」

「──殿下は、その前世の記憶が、……その……不名誉だったとお思いですか?」

 デッドリッグはややあってから、「……ああ」と答えた。

 ローズは、頷いて考え込んで……割り切った。

「殿下。前世は前世、今世は今世で御座います。

 殿下は殿下らしく、立派な一人のおとことして堂々としていらっしゃいませ」

「……そうなんだよなぁ。やっぱり、今世は今世と割り切らないと、どうしても後悔してしまうよな……」

 その為に後悔しない事。前向きに生きる事を目指し、デッドリッグは前世の自分を切り捨てた。

「取り敢えず、皆を呼んで練習しようぜ。

 管弦楽部と合わせるにしても、こっちもそれなりのレベルに達していないと、断られるぜ?」

「デルマとカーラを除けば、既に私どもも十分なレベルに達していますし──アマチュアレベルですけれども──二人の内、一方が『歌姫』になれれば……。

 いえ、それは希望的観測ですわね。

 一応、貴族令嬢として、楽器一つの演奏程度のレベルの文化的教養は、入学前から受けておりますので。

 ですので、然程心配せずとも、何とかなると思いますよ」

 だからそれも希望的観測だと思いつつ、デッドリッグは訊く。

「『音楽祭』本番まで、あと何か月ある?」

「ええっと……4か月ですわね。

 初めて触れる楽器の練習時間としては不十分ですけれども、なに、然程高いレベルの演奏を求められる訳ではありません。

 ただ、こっちの世界の人ならば、初めて聴くキャッチ―なフレーズに、グルーヴを感じて貰えれば、それで十分で御座います」

「『グルーヴ』って、何て意味だったか、判るか?」

「ええっと……『高揚感』、みたいな意味ですわ」

 その返事を聞いて、デッドリッグは暫し考え込んで、不気味に「フフフ……」と嗤った。

「ハハハ!そうか、『高揚感』か!

 ならば、『音楽祭』本番、君らは観衆を熱狂させてみせよ!

 期待しても、良いんだな?」

 その言葉を聞いて、ローズはニッコリと笑い飛ばした。

「ええ、殿下をも熱狂させて差し上げます♪♪」

 やがて、ローズはお付きの者に5人の他のヒロイン達を呼ばせに差し向わせ、自身は待ち時間の間にデッドリッグを相手に弾き語り、音楽の素晴らしさを説いたのだった。