音楽

第20話 音楽

「噂に聞いたんだけど、音楽祭があるらしいね?」

 今更かと言わんばかりに、ローズは「はぁーっ」と息を吐いた。

「ワタクシが主導し、前世の音楽を断片的に公開し始めたのが始まりで御座います」

 そんな事にも手を出していたのかと、デッドリッグは呆れ果てた。

「なら、曲は無数にアイディアがある訳だね?」

「盗作は勘弁して下さいまし。

 ……まぁ、ウケるフレーズはオマージュさせて頂いてはいますけれども。

 お気づきかと思いますが、ワタクシ達はこの国の言語で会話していて、音楽の歌詞を日本語で歌えば、意味は通じないので、慣れない内は混乱してしまいますが」

 そう云えば、今も日本語で話していないなと、デッドリッグはようやく自覚した。ただ、意味は日本語に翻訳されて内容が理解出来ている。

 話す時もそうだ。意識しなければ、日本語で話す事は無い。話す内容は頭で日本語で考え、半自動的にこの国の言葉に翻訳して話している。

 意識の支配権は前世に縛られているのに、身体の支配権は今世に縛られている感じだ。

「オマージュするなら、一曲丸ごと、前世の知識に敬意を表して、原曲のままの方が誠実じゃねぇの?」

「デッドリッグ殿下。ワタクシ共には、このゲームの主題歌の類しか、音楽の知識が丸ごと残っている記憶は無いのですけれども」

 まるで覚悟を決めるかのようにローズは言い放った。

「成る程。なら、このゲームの主題歌を演奏して歌う感じだな?

 ……でも、ソレって全部、女性ボーカルじゃなかったっけ?」

「非公式に、デッドリッグ殿下の本人の声優さんの声で歌われた曲が、実は7曲もあります。

 ですので、デッドリッグ殿下には、今年の音楽祭の目玉として、ボーカルとして、7曲メドレーを歌って頂こうかと──」

「待て待て!俺にそんな記憶は無いぞ?!

 歌えねぇよ!」

 デッドリッグは慌てて否定するが──

「大丈夫で御座います。

 暗記するまで、教え込んで差し上げますので」

 7曲暗記。中々の難題だ。

「そんなに暗記出来ねぇよ!」

「大丈夫で御座います。

 今世の能力として、その程度の丸暗記の余地のある頭脳は、殿下にも授けられている筈で御座います」

「全然大丈夫じゃない……」

 だが、『こう』と決めたらソレを貫くのが、ローズの信条だった気がするデッドリッグ。

 最早、諦めて7曲暗記する方の努力をした方が早そうだとは思った。

「そう云や、楽器なんかの類は大丈夫なのか?

 演奏の方も相当頑張らないと、実現出来ないぞ?」

 ココで、『歌えない!』と言い張ってしまわないところが、デッドリッグの隠れた美点だと、ローズは思う。

「大丈夫で御座います。

 ワタクシは勿論もちろん、バチルダ、アダル、ベディーナも、昨年の学園初の音楽祭で、見事な演奏を披露して頂きましたから。

 デルマとカーラも、練習すれば、十二分に戦力になってくれるものと思われます」

「そもそも楽器が足りるのか?」

 ローズは、掛けても居ない眼鏡を押し上げるような仕草をして、こう答える。前世ではメガネっ子だったのかも知れない。

「誰よりも早く、入学式の翌日に前世の記憶に目覚めたワタクシが、そんな半端な覚悟で『音楽祭』の提案をした訳ではありませんわ!」

 ポツンとただ一点、前世の記憶には無かった音楽祭。その違和感が、デッドリッグに、『コレは遊びじゃねぇんだぞ!』と云う自覚に目覚めさせるのであった。

「大丈夫で御座います。

 バックグラウンドには、管弦楽部と云う心強い味方が居ります。

 ツインギターにツインベース、それにドラム。

 残念ながら、キーボード迄は再現出来ませんでしたけれど、下支えの音楽は十分に鳴り渡りますわ。

 あとは、殿下の自慢の歌声を披露して頂くだけで御座いますよ?」

 自慢出来る程の歌の腕前に自信があるなんて言えないとは、ローズが言わせてくれなかった。

「大丈夫で御座います。

 今世に於いて、殿下は美声の巧者として歌を歌える腕前が備わっています。

 それに、殿下も『歌えない』とは言わなかったですよね?

 今世の殿下の能力──『才能』を信じて下さいまし」

 コレ以上は、ローズは譲歩するつもりは無いらしかった。

 そして、今、この時を以て、ローズによるデッドリッグへの歌の指導が始まるのであった。

「まぁ、まずはワタクシめが一曲、歌って披露致しますから、ソレを聴いてからでよろしいのではありませんか?」

「ローズが……歌う?」

「ええ。

 伊達に、前世の記憶がある訳ではありませんわ!

 聴いて下さいまし。『ハートを射止める散弾銃ショットガン』ver.ローズ。──」

 ソレは、バルテマーの立場からのローズ達──特にローズ──へと秘めた想いを歌った曲だった。

 確かに、ローズの声優さんの歌う挿入歌として存在していた曲だった。

 だがしかし、デッドリッグはこう思わずには居られなかった。即ち──ショットガンでハートを射止めたら、複数の女性のハートを射止めてしまうだろうよ、と云う話だ。

 ある意味、確かに今世のデッドリッグが歌うには相応しい曲かも知れない。

 尤も──コレをバルテマーの前で歌えと云うのは、中々に酷な仕打ちかも知れない、とはデッドリッグも思う。

「如何で御座いましたか?」

「いや──」

 デッドリッグは、一瞬誤魔化そうかと思ったが、ココは正直に言った方が何より自分の為になると、意を決して言う事にした。

「コレを兄上の前で歌うと云うのは、中々に酷な仕打ちだなぁ、と思った。

 まずは、取り敢えずそれだけだ。

 そして、この曲ならば、俺も覚えている。

 ──歌える!……多分」

「ソコは自信を込めて言って頂きたかった場面でしたわね」

「前世の俺は、歌を歌うには喉の衰えが限界だったんだよ。

 だから、ソッチの記憶に意識を持っていかれなければ、歌える。……多分」

 ソレは、多分、大丈夫の方だろうとローズは思い、笑顔を浮かべた。

「では、音楽室に参りましょう♪♪

 ギターもどきでも演奏して差し上げますわ」

 足取りの軽いローズ。

 デッドリッグは、後ろでソレを追いながら、『コケそうだな』と思ったりしたが──転ばないのかい!と、この世の神様に突っ込みを入れた。

 神様が、どれだけローズを大事に思っているのかが知れた一幕であったのだった。