第15話 電話
ピピピピッ!
狼牙のスマホが鳴った。
今日は金曜日。時は夕刻。
まだ牙を抜いていないので、それが詩織からでなければ良いなぁーと思いつつ、見ると詩織からの着信。正直、狼牙はガックリであった。
「……もしもし」
「あ、狼牙ー?」
いたずら電話の方が、いくらかマシだったかも知れない。
……まあ、「会いたい」という内容でなければ、それは彼女の無事な声を聞けただけで、喜ばしいことではあったのだが。
「これから、会えない?」
残念、であった。
「……すまない。今度の水曜までは、会えないかも知れない」
「忙しいの?」
「いや……歯の具合が悪くて……。
予約を入れたのだが、混んでいて、次の水曜まで待たなければならないらしいんだ」
他でもない、恋人である詩織に嘘をつくのは罪悪感を感じる為、狼牙は少しぼやかして言った。
「……痛むの?」
「痛みは無い。痛みは無いのだが……。
そう、不快感を感じる」
「……看病に行ってあげようか?」
「……いや、いい」
断るのは、苦渋の選択だった。
「話すのも駄目?」
「いや、それは嬉しいよ。
今、どこにいるんだい?」
「駅。これから家に帰るのに、電車待ちしているトコ。
ねぇ。例のDVD、見つかった?」
「いや……。実は、まだ探していない。それもまた、歯の不快感が原因なんだが……」
「そんなに?
なら、水曜日まで待たないで、他の病院、探したら?」
「いや……。その病院は、例の河合さんが働いている病院なんだ。
彼女の治療だけは安心して受けられるから、他の病院に行くつもりはないよ」
「そうなんだ。付き合いは私よりも長いもんねー」
「付き合ったことは、無い」
狼牙としては、ここだけははっきりしておきたかった。
「そうじゃなくて、親友としての付き合いの長さよ。私より長いでしょう?」
「ああ、そういうことか。
それなら確かに、彼女の方が長い。
だが、君とは親友であったことは無いだろう。最初から、恋人として付き合っていた筈だ」
「狼牙って、そういうどうでもいいことに拘るのね。
良いじゃない。曖昧な表現をしても。
私の言いたいことは伝わっているんでしょう?
要するに、私との恋人としての付き合いの長さと、河合さんとの親友としての付き合いの長さを比べて言っていることは」
「多分、そうだろうとは思っていた。だが、誤解が無いように、私生活ではそういうことははっきりさせておきたい。
なまじ、作家なんてものをやっていると、含みのあるセリフを使い過ぎていてね」
「ふーん……。
あ、電車、そろそろ来るから、切るね。家に着いたら、もう一回かけるから。
じゃあね」
「ああ。楽しみに待っているよ」
その返事を聞いてか聞かずか、詩織は電話を切った。
「ふぅーっ……」
汗が出る。歯のことを、深く追及されなくて良かった。5年の付き合いで、正体は感づかれているだろうが、確信はされたくなかった。
牙を見た詩織が、一体、どんな顔をするのか……。想像するだけで汗が吹き出てくる。
何もかも、一雄が悪い。狼牙は、そう決め付けた。ヤクザやチンピラなど、この世からいなくなって欲しい。そう、狼牙は思っていた。
挙句の果てには、一雄への仕打ちは、まだ甘かったかも知れないと。
その時、スマホが鳴った。
「……早いな。いや、早すぎる。詩織ではないな」
詩織が律義に電車の中ではスマホの電源を切ることを知っていた狼牙は、そう確信した。
「……誰からだ?」
通知番号を見ると、見たことも無い番号からだ。少なくとも、狼牙のスマホに登録されている番号ではない。
少し警戒心を持って、狼牙は電話に出た。
「……もしもし」
「結城 狼牙だな?」
一雄の事を考えていてすぐの電話だったので、狼牙はその声の主が誰なのかを瞬時に思い出した。
「久井 虎白か?」
「その通り。覚えていたか。
いや、何のことは無い。アンタの住所と電話番号を、ようやく調べ上げたから、確認と通知をしておこうと思ってね」
「……殺されたいのか?」
「いやいや。俺はそう簡単には死なない。もう、アンタと対等以上の力を持っているゼ。
組の連中も、アンタに匹敵する。
……ウィルスの多重感染に関する情報は、アンタの先祖の日記に記されてはいなかったか?」
「……!」
狼牙は、虎白が何をしたのか、確信した。