錬金術の暴走

第19話 錬金術の暴走

 レズィンたちを呼び出す為の皇帝の命令は、すぐに中将の屋敷へと伝えられていた。
 
 だが、それは三日三晩もの間、無視されることとなった。
 
「こっちは病人抱え込んでんだ!ンなもン、放っとけ!」

 三人を呼びに来た中将たちを、レズィンはそう云って部屋から追い出していた。
 
 ベッドに寝込んでいるのは、ラフィアだ。
 
 中将の屋敷へ軟禁され、翌朝すぐに彼女は体調を崩し、シヴァンは緊急事態だと騒ぎ立ててレズィンの居る部屋へと駆け込んだ。
 
 部屋の前に立っていた衛兵も、彼女の前には無力であったようだ。
 
「食べ過ぎ、だと思う……」

 消え入りそうな声で、ラフィアはそう言った。
 
 生憎と外は荒れ模様で、病院に連れ込む訳にもいかなかった。
 
 中将の屋敷にあった薬も、彼女は飲もうとしない。
 
「大したことは無いだろう」

 と、レズィンは楽観していた。
 
 その日の昼過ぎに、ラフィアはベッドの上で身を起こした。
 
 シヴァンもそれを見て安心し、胸を撫で下ろしていたのだが。
 
「出て行って!」

 次の瞬間、ラフィアは強い口調で叫んだ。
 
 すぐに二人を部屋から追い出し、シヴァンを門番に立てたまま、閉じ籠ってしまった。
 
 それ以来、シヴァンは扉の前に立ったまま、食事も摂らず、不眠不休で番人の役目を果たし続けている。
 
「……代わろうか?」

 三日目の昼になって、レズィンはそう申し出るが、シヴァンは首を横に振る。
 
 仕方なく、レズィンはそこで煙草を吹かそうとして、例のセリフで止められ、苛立ちを感じずにいられなかった。
 
 外を吹き荒れていた嵐も、その日になってようやく止む気配を見せ始めていた。
 
 ギィッ。
 
 閉ざされていた扉が、内側からようやく開かれた。
 
 それなりに元気そうに、ラフィアが扉の隙間から顔を覗かせている。
 
「シヴァン……駄目みたい……」

 それでもまだ体調が良くないのか、冴えない顔をしたラフィアは二人を招き寄せる。
 
 シヴァン、レズィンと部屋に踏み入れたところで、彼女は急いで扉を再び閉ざす。
 
 部屋に入ってすぐ、レズィンは外が晴れて日が差し込んでいるのかと思った。
 
「――なん…ッ!」

 大声を出し掛けたレズィンの口を、シヴァンが慌てて塞ぐ。
 
 部屋には、日が差し込んでいるのでは無かった。それなのに、部屋がやけに明るい。
 
 彼方此方あちこちが、金色に輝いていた。ベッドも、テーブルも、カーペットも。
 
「どうしよう……」

 ラフィアの声は、今にも泣きだしそうだった。
 
「私も……食べられちゃうのかなぁ……」

 膝を抱いてしゃがみ込み、金色のカーペットを撫でる。
 
 嵐はもう、小雨にまで落ち着いていた。
 
「どういうことなのか、今度こそ説明して貰えるか?」

 レズィンもしゃがみ込んで、カーペットに触れる。金属と思われる手触りだ。
 
「あの金塊も、こうやって作り出したのか?」

 すぐには反応を見せないラフィアだったが、ややあって小さく頷いた。
 
 流石にレズィンも困った。
 
 リットには何でもありだと自分から言っておきながら、ここまでおかしなことが起こるとは、思ってもみなかったのだ。
 
「――森へ、帰るか?」

 現状を考えれば、それが一番良いだろう。
 
 逃げるのなら、この部屋を見られる前でなければならない。
 
 帰ると決めるには、もう決して遅くない事態に陥っている。
 
 そうレズィンは判断した。
 
 だが、予想に反してラフィアの首は横に振られた。
 
「どうしてだ!

 こんなの見つかっちまったら、逃してくれる奴なんて、一人も……」
 
 最後までは言葉が続かなかった。
 
 自分も、そんな人間の内の一人であることに気が付いたからだ。
 
「そうだよなぁ……俺だって、欲を言えば逃したくは無い筈だよなぁ……みすみす、金の生る木をなぁ……」

 やや自虐的に、そう呟く。心の何処かに、僅かな迷いがあった。
 
「ま、いいかぁ。

 懐もあったかいことだし、第一、俺まで捕まりたくはねぇ。
 
 出血大サービスだ、全面的にお嬢ちゃん方の面倒を見てやろうじゃないの。
 
 この際、帰る・帰らないは二の次だ。さっさとこの屋敷から逃げ出すぞ」
 
 そうと決まれば、行動は早かった。
 
 入り口のドアノブを、辛うじて金と化していなかったカーテンの一部を裂いて縛り固定し、まずは部屋への進入路を断つ。
 
 念の為に金のソファーをシヴァンに運ばせ、扉の前に置く。
 
 部屋は二階にあるので、降りる為のロープの代わりに、カーテンを裂いて結んでロープ状にし、それの一端をベッドの足に縛り付ける。
 
 そして、二人を呼び寄せた。
 
「シヴァン、先に降りて、万一姉さんが落っこちた時は、受け止めてやれ。

 ラフィアはシヴァンが下に降り切ってからだ。
 
 俺が最後に降りる」
 
 シヴァンはともかく、ラフィアが下に降りるまでにはやはり時間が掛かった。
 
 降り切ったのを確かめてから、レズィンが窓から身を乗り出した時には、扉をガンガンと叩く音が聞こえて来た。
 
「急ぐぞ!」