運命の神様

第14話 運命の神様

「待って」

 身をねじって身体を出入り口の方に向けた隼那は、二人ともではなく、恐らく楓のみを呼び止めた。
 
 楓は振り返ろうとしなかったが、疾刀はそれをうながした。
 
「あなた、ひょっとして式城 紗斗里?」

「……違う」

 その返答は、僅かに置かれた間の間だけ、考えての結論のように思われた。
 
「アタシには、そうとしか考えられない。

 『違う』と云うのなら、あなたは一体何者なの?」
 
 その問いに楓は僅かに迷いながら、疾刀の顔を、まるで代わりに答えて欲しいと訴えるように見上げて、そこに優し気な笑顔を見て決断し、ゆっくりと口を開いた。
 
「今の僕は、風魔 楓。あなたたちが想像しているような人物じゃない。

 僕に出来るのは、サイコソフトを直す事だけ。
 
 だから僕は、云わばソフト・ドクターでしかない。
 
 これ以上、知っている事も無い。僕の記憶は、途切れ途切れだから。
 
 クルセイダーは、個人的には応援している。だから警告もしたし、調整も行った。
 
 けど、それ以上の協力はしないし、妨害も、しないと思う。
 
 僕には、命懸けでしていることを止められるだけの言葉を持っていないから。
 
 だから、これでお別れになると思う。
 
 ……お弁当、どうもありがとう。
 
 それじゃあ、さようなら」
 
「待ってよ!

 アタシのアテネは、どうするの?
 
 受け取って行かないの?」
 
 言いながら、隼那は後頭部からサイコソフトを取り出して差し出してみせた。
 
 それは他のサイコソフトと違って、髪の毛のように細く黒く染められたワイヤーが、後頭部に差し込むのとは反対側に付けられていた。
 
 そのワイヤーは、体積に対する記憶量が現在の最高値を記録する、現在のコンピューターのメモリーの主流ともなっている、メモリーワイヤーと呼ばれる情報記録用の媒体で、50年以上も前に作られていながらも、現在も主流となっているものだ。
 
「……いいの?」

「あなたがそう云うのなら、それに従った方が良いと思うから。

 他のはいいの?ドラゴンとか、ワイバーンとかは」
 
 隼那が一つ一つ挙げて行った名前のうち、楓は結局、ワイバーンだけを追加して受け取った。
 
 恭次はそれらを渡す事には反対したものの、然程強く反対する気持ちはもうなかったようで、隼那がそれでも渡すと云うと、あとは何も云わなかった。
 
「……お弁当のお礼の分、どれかオマケに調整してあげる」

 恭次が折れた他は誰も何も云わなかったのだが、何となく気まずい気持ちになったのか、楓はそんなことを言い出した。
 
「何でも良いのなら、遠慮なくアテネと云うところだけど……」

「アテネはダメ。もう、完成しているから。

 コレは、あなたには使う事は出来ても、使いこなす事が出来ないだけ。
 
 コレに適性がある人は、他にいるから。
 
 でも、ワイバーンなら出来る」
 
 空を飛ぶ能力を与えられるワイバーンはかなり魅力的な選択だったのだが、迷った末、隼那はヒーリングソフトであるナイチンゲールを選んだ。
 
 そしてそれは、『NIGHTINGALE VERMILION』スザクと名付けられた。
 
「フェニックスほどじゃないけど、千切れた手足を繋げること位は出来るから」

「オッサンもとんでもねえけど、ガキの方も大したもんだ」

 帰り際に、乱暴な言葉だけれども声は決してそうではない、感嘆の言葉を恭次は投げ掛けた。
 
 予定よりも随分と遅れた為、疾刀は楓を背負って軽く駆け足で立ち去った。
 
「また会いましょうねぇー!」

 聞こえるか聞こえないかの微妙な距離まで遠ざかってから、隼那も二人に向かって別れを告げた。
 
「惜しい事したなぁ。

 あんな強力な連中、他にいねぇからなぁ」
 
「でもさ、また、会えるよね」

「当然じゃねぇか。

 アイツラも俺たちも、目立たずに生きることなんて出来やしねぇ。
 
 同じ街に住んでりゃあ、二度や三度は会う機会もあらあぁな。
 
 もしそうじゃなくても、運命の神様が放っておく訳がねぇだろ」
 
 恭次は隼那を抱えたままだっただけに、二人の間には良いムードが漂いつつあった。
 
「良し、俺たちもさっさと撤収しようぜ。

 明日からはまた、ダークキャットの攻略に忙しいんだ。今日は一緒に酒でも飲んで、ゆっくりと休もうぜ」
 
「……うん」

 あと半年足らずで二十歳の恭次の誘いに、隼那は嬉しそうに頷いた。
 
 止めない辺りが、非常に彼女らしいところだった。