第20話 逃走劇
「急ぐぞ!」
地面に降りてすぐに、レズィンは声を掛けつつも走り出す。
裏路地へと回り、人が居ないのを確かめては走り、曲がり角に当たっては後ろを振り返る。
とてとてとて。
気が付けば、二人は遥か後方を走っていた。シヴァンが遅れているのは、ラフィアの方が前を走っているからに他ならない。
「あの姉ちゃんは、走るのもトロくさいのかよ」
それでも何とか、三人は無事に目的地に辿り着くことが出来た。
そこは、小さなフラワーショップの裏だった。そこは同時に、妹と二人で暮らしているリットの家でもあった。
「話をつけてくる。ちょっと待っててくれ」
二人を路地裏に残し、レズィンは店先へと回る。
再び戻って来るまでには、さほど時間は掛からなかった。
「裏口から上げてくれるそうだ」
裏口へ回ると、すぐに扉が開いて若い女性が顔を見せた。
顔を出してすぐは笑顔だったのだが、何故か姉妹を見て急に不機嫌な顔をする。
「だーれ、その二人?
連れが居るとは言っていたけど、女性とは云ってなかったじゃない」
「説明は後だ。リットが帰ってくるまでで良いから、さっさと入れてくれないか?
あまり人に見られたくないんだ」
「兄貴だったら、忙しいからしばらく帰って来れないって云ってたけど?
それより、どういう関係の人なの?」
「命の恩人、かな?
街の案内をしてやっていたんだが、トラブルに巻き込まれちまった。
なあ、フィネット。こっちは急いでいるんだ。早くしてくれないか?」
「……ふぅん。
後で、しっかり事情聞かせてよね」
機嫌は損ねたままであったが、フィネットは三人を部屋へと案内してくれた。
ひと部屋でも構わないという申し出は却下され、ふた部屋が用意された。
何故か一人のレズィンへ用意された部屋の方が立派だったりする。
「まずは、俺に事情を聞かせて貰わないとな」
フィネットが立ち去ったところで、三人は集まって話を始めた。
「さあな。何故、姉さんがあんな事を起こせるのかは、俺も知らない」
正直な話、レズィンはシヴァンからの情報をアテにしていた。
だが最初の一言で、あっさりとその期待は打ち砕かれる。
ラフィアから何かを聞き出そうとしても、何もかもをすぐに秘密にしてしまい、何も聞き出せないものと、レズィンは半分諦めた。
「……どこまで話せば良いですか?」
何処までと云われても、レズィンにはその判断がつかない。
いっそのこと森へ帰ると云うのならば、話は早かったのだが。
「まあ、俺をどの程度信用しているかによるだろうなぁ……」
全面的に信用しろとは、この状況では、流石に言えなかった。
だが森へ帰らない以上、ある程度は話して貰わなければ、協力のしようがない。
「ま、例によって、俺の質問に答えて良いと思った部分は、答えてくれ。
取り敢えずは、それで良い。
まずは、やっぱり、森に帰りたくない理由を聞くべきだろうなぁ……。
少なくとも、街を見てみたいってだけじゃないだろう?」
頷くラフィア。それ以上の予想は、レズィンには思い付かない。
「この街、エセルの匂いがするから。
多分、この街の何処かにいるんじゃないかと思って……」
「エセル?
……人の名前か?」
「――半分だけ。
昔、良く一緒におさかなを食べた」
「友達……幼馴染か?
けど、半分だけってのは分からねぇな」
ラフィアはしばらく黙って俯いた。迷った挙句、それも云う事にした。
「半分は、おさかななの。足の代わりに、尻尾が生えていて……」
「人魚か!」
頷いた後、ラフィアは悲し気な表情をして言葉を続ける。
「……だから、食べられたの。メジャーの人達に。
マイナーの人達は止めようとして……皆、殺されちゃった……。
私は逃がして貰ったの。世界樹に助けられて」
「食われた、か。
いつか言ってたな。魚屋の前でだったか?魚を食べると、不老不死になるとか何とか。
確かに、人魚の肉を食えば、不老不死になれるって伝説もあるけどよぉ……。
上半身は人の姿をしているのに、それを本当に信じて、喰っちまう奴が居るのかよ。
不老不死ってのは魅力的かも知れねぇけど……けど、悪魔に魂を売り渡してまで手に入れたい代物じゃあねぇな。
……で、知らない単語が二つ出て来たな。それは何だ?」
「研究所の、派閥の名前。
詳しくは、私も知らない」
ラフィアとて、何もかもを知っているわけではなかった。
だが、話は本筋とは大分離れてしまっているので、分からなくても支障があるとは思えない。
ここで、レズィンは話を本筋へと戻す事にした。
「で、そのエセルって奴を探したいんだな?
けど、生きている保証は無いぜ?」
「分かってる。
けど、どうなったのか知りたい。もし生きてるなら、助けたい」
心情的には、レズィンも同感であった。
だが生きているとしても、何処にいるのか見当もつかない。
事実上、見つけ出すのは不可能なのではないかと、内心思う。
「次だ。
あの部屋の有り様、アレの説明をしてくれ」
これに関しては、大したことは聞き出せないと思いながら、レズィンは問い掛けた。
案の定、ラフィアは再び口を閉ざしてしまう。
「言いたく無ければ、別に云わなくても良いんだぜ?」
情報の価値としては、それが最も高いと、レズィンは思っていた。
だからこそ、云わなくても良いと思い、それをラフィアに伝えた。
何しろ、金が生み出されたのだ。それを求める者は、五万といるだろう。
「――レズィンさん。
錬金術は、ご存知ですか?」