第44話 軽雁
「『軽雁』!?」
「そう、『軽雁』じゃ。本来、『最期の晩餐』で食べられるものともされている。
工程だけを聞けば、そう難しいとは思わん。じゃが、完璧な『軽雁』を作るのは難しい。
そして、完璧な『軽雁』でなくば、我々のウィルスは治らん。
良いか、作り方を言うぞ。
まず、餡子をドライイーストか天然酵母等を使って、完全に発酵させる。この段階が、一番難しいのじゃ。
何しろ、『発酵』と『腐敗』は、人間にとって益となるか害となるかの違いだけで、同じ現象の事を指すのじゃからな。
そして、完全に発酵させたら、同量の蜂蜜を混ぜる。ちなみに、蜂蜜には蜂の唾液が混ざっている故、混ぜると発酵が止まる。
最後に、型に入れて固める為に、寒天を加える。型に入れたものが固まったら、『軽雁』の完成じゃ。
じゃが、『最期の晩餐』に食するものの為、翌日には死を覚悟せねばならぬ。しかも、効果を信じなければ効き目が薄いと、中々の難点だらけじゃ。
儂は喰わんかった。何度か、喰う機会があったがの。
それより、お嬢さんを抱っこさせていただきたい」
詩織がドラキュラに娘の李花を渡そうとした途端――
「丁寧に優しくしろよ!」
語気を強めに、そうドラキュラに言った。
「当然じゃ。何度、子孫に会いに来ていると思う?
おーよちよち、李花ちゃん。お祖父ちゃんでちゅよー」
狼牙は、眠る李花へのあまりの態度に、拍子抜けして頭を抱えた。
「……頼むから、ヴァンパイアのイメージをズタズタにするような事はやめてくれ」
「……何か、おかしいことをしたのかな、私は?
よちよち、大きくなるんでちゅよー♪」
「だから、それを止めろと言っている!」
「曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾曾ぐらいの祖父が、その位の孫に対する態度としては、至極当然の行動だと思うが」
「そう思うのは、アンタだけだ!」
そこへ、詩織の支援の声が掛かった。
「私はいいと思うわよ。ねぇ、ドラキュラさん」
「詩織……」
詩織までドラキュラの味方になってしまって、狼牙は敗北感を感じた。
「孫が出来れば分かるさ。自分の子より、孫の方が可愛いということを」
「それで貴様のようになるのなら、孫など出来ない方が良い!」
「……そんなに、自分のプライドが大事なのか?」
狼牙はハッと気づいた。『プライド』は、『七つの大罪』の一つだと。
「しかし……雰囲気というのも重要だろう」
「雰囲気重視で、お嬢さんを危ない目に合わせたのは誰かね、狼牙君」
そこでも、ハッと気づく狼牙。
どうやら、論破合戦ならドラキュラに軍配が上がるのは、間違いないことでありそうであった。