第49話 しつけ

「……僕がどんな仕事を選ぼうが、僕の勝手じゃないか!」

 子供か、おまえ。そう言いたくなるような返事だった。
 
「理想的な仕事をしている訳でも無いのでしょう?」

「うるさい!そのうち理想的になるんだ!」

「――フラッドさん。この、子供みたいな人の、何処が良いんですか?」

「そういうところ」

「……ショタコン?」

「放っといて!」

 あまりに彼女らのやり取りが面白くて、アイオロスは笑いをこらえるのに必死だった。今すぐ、戦う事になったら、支障が出る位に。
 
「フラッド!君はこの勝負に関わるな!みすみす、命を落とす事は無い!」

「いえ!私はルシファー様の為に、命を懸けて戦います!」

「君の命など、懸けて要らない!

 そんなことをする位なら、あの男との子供を産め!」
 
 ルシファーは、下の方を指す。つまり、戦いが終わるのを待っているトールを。
 
「エルフとジャイアントの組み合わせは、未だ試したことが無いんだ」

「ルシファー様の命令とは云え、それだけは聞けません!

 産むのなら、ルシファー様との子供を!」
 
「エルフと僕との子供は、既に試したことがある!

 そこにいる、小生意気なエンジェルがそうだ!」
 
 ビシッ!
 
 次にルシファーが指差したのは、何と他でもない、クィーリーだった。
 
「わ、私が……」

「そうだ!我が娘のクセに、生意気な口を利きおって!許せん!制裁を加えてやる!」

「そうはさせない!」

 二人の間を、アイオロスが遮った。
 
「クィーリー。君は手を出しちゃダメだ。間違っても、自分の親を殺しちゃいけない。

 代わりに――僕が戦う!」
 
「いえ!親が間違った時には、その子供がさとすべきです。

 力づくと云うのは間違った方法かも知れませんが、時には必要かと。
 
 それに、殺すのは今回、禁じられていますから、殺しません!
 
 ……こんなのが父親と云うのは、ちょっとショックですけど」
 
「ち、父親に向かって、『こんなの』とは何だ!

 今までしつけなかった分、今、まとめて躾けてやる!」
 
「顔も見せたことがなかったのに、誰がそう簡単に父親だと認めるものですか!

 どいて下さい、アイオロス様!」
 
「「『FIRE』・『BALL』!」」

 二人同時に放った火の玉が、その間でぶつかり合った。
 
「くっ……!アーク・エンジェルですら無い者の魔法と、対等だと云うのか!」

「アイオロス様、あの禁呪を使います!」

 唱え始められた呪文に、ルシファーの顔が蒼褪あおざめる。
 
「そ、その魔法は……!

 まさか、私と同じ、複数対の翼を持つ、エンジェルの最上位種だと云うのか?!」
 
 壮絶な親子喧嘩になるかと思われた。だがそこに、フラッドが水を差す。
 
「させるものですか!」

 フラッドは呪文を唱え始めた。アイオロスには聞き覚えがある呪文だ。
 
 多少、アレンジが加えられて――いや、逆だ。
 
 あの時はアレンジされていたが、今回はソレが無い分、完成が早かった。
 
「『BURST』!」

 パァンッ!
 
 爆音が響いた。クィーリーの呪文が止まってしまう。
 
「くっ……!あの時、教えたエンジェルの弱点を、こんな時に利用されるなんて!」

「よくやった、フラッド。

 だが、これ以上は関わるな。
 
 そんな事より、あの男との子供を産め。
 
 エマがあの魔法を使える以上、僕はもう勝てない。
 
 だから、コレは遺言だと思ってくれ」
 
「嫌です!死ぬのなら、一緒に!」

「『COMMAND』!」

 英語で、命令すると云う意味の単語だ。勿論、その魔法の効果は命令を下すことだ。
 
 ソレを掛けられた以上、フラッドはその命令に逆らえない。
 
「この戦いに加わらず、トールとの子を産みなさい」

「分かりました」

 虚ろな眼差しで、フラッドは答えた。
 
「名前は、僕が授けよう。

 カメット、だ」
 
「ありがとうございます」

 フラッドが降りて行く。ルシファーはコレで、切り札を一枚、失ったことになる。
 
「さあ、諸君。――出来れば戦いたくは無いのだがな。決着を着けようか」

 半端では無い戦いになるのか、一方的な戦いになるのか。それはまだ、分からない。