第30話 赤いパーカー
4人がテレポートして着いた先は、とあるマンションの前だった。
部屋に直接テレポートするというのは、土足ということもあって、やめておいたのだろう。
4人は、谷内を先頭にとある部屋までエレベーターを利用しながらも歩いて行った。
「「「おじゃましまーす」」」
部屋にたどり着くまでに、谷内は自分が一人暮らししていることを告げ、遠慮しないで上がってくれと言っておいた。
「目的のものがある場所は分かっているけど、荒らすのは失礼だと思うから、あなたが持ってきて」
「俺、ただ便利に使われているだけみたいに段々思えてくるんだけどなぁ」
「じゃあいいよ。僕が取り寄せる」
言ったら、止める間も無い位に早かった。
サイコワイヤーを伸ばし、テレポートで取り寄せた物は――
「何、コレ?
えっ?パーカー?」
そう、一着の赤いパーカーだった。
「それにしては重いけど……別に持てない程じゃないな。
僕、こんなに力あったっけ?」
重いと言う割には、片手で、それも余裕で持っている。
「フィジカル・コントロール。恐らくゴリラを発動させているのか。それも――」
「うん。恐らく、24時間ね。
視力も良くなったのも、それのお陰かな?」
「それはモンキーだな。
或いは、その両方が同時に発動するということは……ゴクウか」
「僕、ゴリラやモンキーなんて言われるよりは、ゴクウって言われる方がマシだから、ゴクウってことにしておこうよ」
惜しい。正解は『GOKU-U White』ハヌマーンなのだが、今の四人にはそれを知る術は無い。
「プラグが、ある筈よね。……コレかな?」
「プラグがあるのは良いが、古いタイプだから六角形だぞ」
「説明の必要は無いよ。
それに、僕は六角形のソケットも、一つだけ持っているから、使えるんだ。
コレの正体、説明したくてウズウズしてるでしょ?
良いよ、説明しても。僕から二人に説明するのは不自然だし。
言い足りないことがあったら、僕が付け足してあげる」
「ありがとう、と、言うべきなのかな?
これはな、デュ・ラ・ハーンを作り上げた媒体なんだよ。
デュ・ラ・ハーンは、実はコンピューターによって作り上げられたものではない。
デュ・ラ・ハーンの正体とは、この極細の特殊メモリーワイヤーで編まれたパーカーの中に、絶対言語と我々が呼んでいる、人間の脳を仮にコンピューターと見立てた時の、コンピューターで言うマシン語で組み上げたプログラムだ。
だから、コンピューターによって読み取るのは不可能に近い。
但し、絶対言語をマシン語に翻訳することが可能なコンピューターがあったのなら、それは例外だ。
だが、それでもデュ・ラ・ハーンの正体を見極める事はほぼ不可能だ。
何故ならば、デュ・ラ・ハーンが人間の脳の中で走っている時のプログラムと、コンピューターの中で走っている時のプログラムとは別物だからだ。
もっとも、デュ・ラ・ハーンは人間の脳は勿論、コンピューターをも侵食することを前提に組まれたソフトだから、その一部だけなら解明されてもおかしくはない。
だが、デュ・ラ・ハーンの全てが解明されることがあるとしたら、それは1世紀近く先のことだろう。
これらの情報は、10年以上も前に、クルセイダーのメンバーが、文字通り命を賭してセレスティアル・ヴィジタントから奪ったものだ。
今、俺が話した情報は、その際、フェンリルを使って読み取ったものと思われる。
それを、歴代のリーダーが、テレパシーで受け継ぎ続けた。
だから、情報の受け継ぎ漏れは無い筈だ。
楓君。実は次のリーダーは一応決まっているのだが、俺の意思を汲んで貰って君がリーダーになって、クルセイダーを率いるつもりは無いか?
「ヤだ。
僕は、僕なりのやり方でデュ・ラ・ハーンに対抗する」
「君なら、やりかねないな。だが、セレスティアル・ヴィジタントはどうする?」
「研究を進めて、アンチサイ・アイテムを開発する。僕か、僕以外の誰かの手を借りて」
「それだけの人手と、時間はあるのか?
クルセイダーのリーダーになれば、人手という点は解決する。
時間という点は、研究の成果を次のリーダーに託すという手がある。それを積み重ねれば、何とかなる筈だ」
一拍の間を置き、谷内が「どうだろう?」と問い掛けようとしたところで、楓は口を開いた。
「ねぇ?僕があなたの心を読み取っていてもヤだって言っているのに、それを知っていて、そんなこと言ってるの?」
「あ!
そうだったな。
しかし、納得のいく答えが欲しい」
「人手は、宛がある。時間も、紗斗里が寿命のカウントダウンを10年遅らせるプログラムを作成中。多分、何とかなる。
コレ、着てみてもいいかな?」
明らかにサイズの合わないパーカーを谷内に突き出して聞く楓に、谷内は渋い顔を見せた。
「構わないが、サイズが合わないんじゃないかな?」
「サイズはどうでもいいの。このプラグの先にある情報に興味があるだけだから」
楓はパーカーを着込み、プラグを後頭部の紗斗里と繋ぐためのソケットに髪の毛を巻き込まないように注意をしながら差し込むと、不思議な事に、パーカーは縮んで楓の身体にピタッとフィットした。
「凄ぉーい」
香霧は拍手したが、どんな超能力を使えばそんな事が起こるのか、想像しきれなかった東矢と谷内は、ただ唖然とした。
「もうちょっと大きい方が良いかな?僕が成長するのを見込んで」
更に驚くことに、楓はその能力を操り、パーカーを都合の良い大きさに変えてしまった。
「あれ?中身、空だよ。コレ」
「そんな馬鹿な!
それには、デュ・ラ・ハーンの正体を解明する、鍵となる情報がぎっしりと詰め込まれている筈だ!
もっとしっかり、何度でも調べてくれ!」
楓の「空だよ」との発言には、谷内は強いショックを受け、その発言を拒絶した。
そのパーカーは、歴代のクルセイダーのリーダーが、何よりも大切に扱い、受け継いできた代物なのだ。
その中身が空だとは、俄には信じ難かった。
「敢えて言うなら、今、デュ・ラ・ハーンが感染した……あ!」
楓の全身に、電気が走ったようなショックと共に、メッセージが流れ込んで来た。
『ようやく、巡り会えた』