質問

第6話 質問

 真っ白な空間に光が走った。
 
 その軌跡に、光の走る線が描かれている。
 
 最初は直線だったその光が、途中で折れ曲がり、やがて水平に四角を描いた。
 
 線だったそれが面となり、それが床となり、突然ソコに現れたレズィンを受け止めた。
 
「ありがとう、シヴァン」

 同様に突然現れた妖精が、まるでその床に向かって言うように礼を述べる。
 
 そのまましばし、妖精はレズィンが目覚めるのを待った。それほど長い時間では無い。ほんの数分の間だ。
 
 小さなうめき声がレズィンの口から洩れ、小さく藻掻もがくように動いたかと思うと、ゆっくりと上体を起こし、目を開けた。
 
「……う……、あ、頭が……、痛ぇ……。

 ……何だ?寝てたのか、俺は。
 
 ……何処だ、ココは?何にも見えねぇぞ」
 
 頭を押さえて、レズィンは周囲を見渡すと、目の前に再び妖精が現れ、話し始めた。
 
「ここは私たちの家。太古の昔、カンシャスと呼ばれていた城です。

 妹のシヴァンが何の説明もせずにご案内してしまったから驚かれたかも知れませんが、不安がらないで下さい」
 
「妹ぉ?

 冗談は止してくれ!どう見ても、種族が違う!
 
 ――いや、待てレズィン。これはどう考えても夢だ。でなけりゃ幻覚だ。
 
 冷静に行こう。俺は幻覚と話し合う癖なんて持っちゃいない。
 
 おかしなものを口にした覚えも無い。
 
 となれば、相手にしないのが一番だな。
 
 ――とりあえず、痛みはあるから、夢じゃあない。
 
 ……じゃあ、この状況は一体何なんだ?幻覚剤でもかれたか?」
 
 レズィンが、一人で勝手な論理展開を持って、現状を自分自身に説明し、理解しようとしていた。
 
 が、それははたから見れば、面白い一人コントのように、見えなくも無かった。
 
「ふふふっ、面白い方ですね。

 帝国が、単独で送り込んで来た密偵みっていがどれほど優秀なのかと思って様子を見ていたら、シヴァンに連れられてココまでやって来るとは、思いもしませんでしたよ。
 
 それも、そんな軽装で。
 
 ふふっ。けれど、生きてここまで辿り着いた事は褒めて差し上げますよ」
 
「この、鬱陶しい幻覚め、消えちまえ!」

 レズィンはその妖精を叩き落そうとしたが避けられ、再び銃を抜いて今度は引き金を引く。
 
 だが。
 
「たっ、弾が出ねぇ!

 壊れたのか?それともまさか、弾切れ?」
 
「無駄ですよ。それもあなたの意識の一部ですから。

 分離した意識は、ここではすぐに消滅してしまいます。
 
 ココは、意識だけが存在している世界。
 
 あなたは咄嗟に自分の身体をイメージして動いてしまったから、あなた自身の姿を保っているだけですよ。
 
 持っている筈だったものを持っているようにイメージしているから、その銃は存在していられる。
 
 その証拠に、その銃から手を放せばすぐに、その銃は消えてしまいますよ。
 
 試してみては如何ですか?」
 
 レズィンは眉をしかめ、じっと手にした銃を見つめる。
 
 もう一度だけ、確かめるように引き金を引くと、空気の弾丸が放たれる感触だけを手に残して、銃口から放たれるものは何も無かった。
 
 確かめてから銃を放ると、小さな放物線を描いていたソレは、床に届く前にかき消されるように空中で姿を消してしまった。
 
「……ここは一体、何処なんだ?」

 聞きたいことを幾つも頭で考えながら、レズィンはまずその質問を口にした。
 
「どこだとお思いです?」

「――テイジア帝国の南に位置する森の中央部。もしくはそこから大きく離れていない場所にある城の中。

 シヴァンってお嬢ちゃんの云っていたことを信用するなら、そこの客室かそこに行く途中の何処か」
 
「城の中までは正解。

 客室は残念ながら、今のこの城には存在しないの。
 
 滅多に使わないものだから、数日前に大掛かりな実験を行った時に、メモリーの容量の無駄だからと、一緒に消してしまって、シヴァンはその事を知らなかっただけなの。
 
 分かって貰えます?」
 
「消した……って、その実験とやらが失敗して、爆発でも起きて吹っ飛んだって事か?」

「……説明しても分かりづらいと思いますから、どう思って下さっても結構ですよ。

 ところで、私の方からも質問してよろしいですか?」
 
 云われてしばらく考え込んでから、レズィンは彼女が実在する事に納得する事にして頷いた。
 
「――ああ、いいだろう。

 但し、こっちの質問にも答えられる限り全部答えて貰う」
 
「それは出来ませんわ」

 何の迷いも無く、彼女は即答する。
 
 答えが返って来る早さとその返事の内容に、レズィンは唖然として聞き返す。
 
「ならこっちも答えないぜ。

 それで良いのか?」
 
「まぁ、それも困りますわね」

 返って来た答えにレズィンは頭を抱えるが、付け足された一言に、今度は頭を痛める事になる。
 
「けど、あなた一人では、この城から出る事も出来ないでしょう?」

「……」

「私はあなたが答える気になるまで、いつまで待っても構いませんよ?」

 言葉を失い、ただ空を見上げるレズィン。そこには、彼の頭の中と同じく、ただ真っ白いものだけが限りなく広がっている。
 
「じゃあ、こうしよう」

「……?」

 小さな妖精は小首を傾げてレズィンの次の言葉を待つ。
 
 レズィンにしてみれば、苦し紛れに口から出た言葉だが、彼の提案は後程改めて考え直しても、良い提案だった。
 
「お互いに、言いたくない事は答えなくてもいいって事で」

「ええ、それでしたら構いませんよ」

 レズィンとて、元は軍に所属していた以上、口止めされている情報は幾つかあった。
 
 流石に言えば命は無いと言う程の機密事項は知らないものの、立場が悪くなるような情報が幾つかあった。
 
「そいつは良かった。

 まず、あんたの質問から聞こう。
 
 まぁ、無限弾についてだったら、幾らでも答えてやれるぜ」
 
「ムゲンダン?

 ああ、あの銃の事ですね。
 
 そんな事は良いですから、あなたが帝国の軍から依頼された事を、答えられる限り教えて下さいませんか?」
 
「軍?

 俺は軍からは何も頼まれちゃあいないぜ。ついでに言えば、今は軍に所属もしていない。
 
 帝国には雇われているが、どう考えても、俺みたいな厄介者を左遷する為だけに作られたような部署だって噂のところだ。
 
 名目上は、この森の実態調査。竜が実在する可能性を示すものが発見された為、それについて調査を進めていた。
 
 聞きたいのはそれだけか?それとも、過去に受けた依頼の事を聞きたいのか?」
 
「軍の特殊部隊が編成されたという噂は?

 あなたはそこから派遣されたのではないのですか?」
 
「そんな噂、聞いた事がねぇなぁ。

 なあ、アンタ。こんな所に居るのに、どうやってそんな噂を聞きつけたんだ?」
 
「それは言えませんわ――と、言いたいところですけど、それも可哀想ですわね。

 風の便り、とだけ言っておきましょうか」
 
 それじゃあ何も言っていないのと同じことだと思ったものの、レズィンは何も言わず、もう一つの疑問を問い掛けてみた。
 
 実は彼女、事実を最も分かりやすく、かつ間違っていない表現をしていたのだが……。
 
「なら、無限弾の事がどうでも良いっていうのは、どういう事なんだ?

 アレは元々、アンタらの物なんだろう?
 
 だから俺はここまで連れて来られたんじゃなかったのか?」
 
「妹は、そういうつもりだったらしいですけど、結局は子供用のオモチャとして作られたものですから、危険と云っても、大したことはありませんし。

 それに、メジャー派の末裔が見たところで理解出来ないでしょうし、同じものすら作れはしませんから。
 
 そろそろ寿命でもありますからね。
 
 いざとなったら、私はそのオモチャの寿命を操れますし」
 
「また、訳の分からない事を。

 その、メジャー派、っていうのは何なんだ?」
 
「……本気で言っているのですか?

 そんなことも分からずに……じゃあ、あなたはこんな所まで、一体何をしに来たのですか?」
 
「さっきも言った通り、名目上は、この森の生態調査。

 本当の目的は、竜の実在と、その実情の調査。
 
 そんでもって、実質的には単なる左遷。
 
 アンタは、俺が何をしにここまで来たと思っていたんだ?」
 
「まぁ、そうでしたの。

 私はてっきり……」
 
 言いかけて、妖精はあらぬ方向を向いたまま、口をパクパクさせていた。
 
「てっきり、何だ?」

「てっきり……そうそう、おさかなでも売りに来たのかと……」