第48話 論破
一週間が経った。
あの宴会で、ルシファーとも気心が知れた一行は、何となく彼と戦うというのにも抵抗を持つようになっていた。
「さて、諸君」
意外な事に、ルシファーは一人でやって来た。時間は真夜中だが、待ち構えていたアイオロスたち一行の用意していた魔法による照明で、それなりに明るい。
しかも、遠距離戦にも備えて、かなり広い範囲に渡って。
「僕の力を、思い知って貰おうか。
安心したまえ。殺そうというつもりは無い。
ただ、アルフェリオン製品が手に入れば良いだけの話。ウォーディンが、僕の為にソレを作ってくれる気になるまでの辛抱だ。
だが、私も生きたいと言わせていただこうか。
理想郷など、命あっての物種。
僕の死後、理想郷が築かれる事に等、期待はしていない。
そして、あのレースが廃れる事も望外だ。
まあ、そのうちエンジェルとの交配が行われるようになれば、活気を取り戻すだろう」
「と云う事は、やはり、エンジェルを人間の上に君臨させ、更にその上にあなたが君臨すると云う事で、世界の頂点に君臨するつもりがあったのかな?」
「……まぁ、その気持ちが全く無かったと言えば嘘になるかな?」
中でもルシファーと最も気が合ったアイオロスの発言に、ルシファーはちょっぴり本音を零した。
あの酒宴で、レース中の不慮の事故(アイオロス談)に対する恨みは、全て捨て去ったらしい。
「その気持ちを捨て去ってくれれば、僕の水月を差し上げても良いんだけど……」
「嬉しい提案だけど、君には、その刀で、暴走したエンジェルを狩り続けて欲しい」
「フライト・レースの主催者になれば良いのに……」
「うっ……。
み……魅力的な発言だ……」
アイオロスの発言は、徐々にルシファーを精神的に揺さぶっている。
「私も、貴様がエンジェルの上に君臨する事に対しては、何ら文句は無い。
貴様が召喚したエンジェルだ。その責任は果たして欲しいからな」
「なら、そうするから、アルフェリオン製品を何でも良いから僕にくれ」
「断る」
「ほら、全ては強情なウォーディンが悪いのだよ。
悪い事は言わない。僕に味方してくれないかな、諸君?」
「はい、ルシファー様♪」
フラフラ~っとルシファーに歩み寄ったのは、何とフラッド!
「……フラッドさん、私に対しては色々言っていたのに、ルシファーに対してはその態度ですか」
「うるさいよ、クィーリー!
二度と会えないかも知れないんだから、このチャンスは逃すつもりはないんだよ!」
「――俺らと戦うつもりか、フラッド?」
「ええ、そうよ、トール。
パートナーとしての情けよ、命は奪わないであげる」
それがルシファーの意にそぐわないとは、フラッドは思っていなかった。
「――そうだね、出来る限り死人は出さないで欲しいよ、フラッド君。
暴走したエンジェルを狩るデビルの存在は、僕にとってもありがたいんだから」
「いいえ、もしも、ルシファー様が殺されたら、私は躊躇う事無く彼等を殺します」
「俺としちゃあ、馴れあったソイツを、今さら殺すつもりは無いんだがな」
「ありがとう、トール。
なら、貴方は第三者として観戦していて貰えないかしら?そしたら、貴方には手を出さないわ」
「空中戦をやられたら、嫌でも俺ァ、そうしなくちゃならないんだが……」
「そうね。
空中戦にしましょう、ルシファー様♪」
「そうだね。
イリスが、空を飛ぶ為の魔法を唱える程度の負担でも与えておかないと、こちらには勝ち目が無い。
空で待つよ、ウォーディン」
バサッと広げられた翼が羽ばたくと、ルシファーの身体が浮き上がった。
あっと言う間に、上空数十メートルにまで飛んで行った。
「追い掛けましょう、師匠!
『FLIGHT』!」
アイオロス、ウォーディン、イリス、そしてクィーリーもルシファーを追って浮き上がり、遅れてフラッドも続いた。
「みんなー、殺し合うのだけは、やめてくれよ!」
のん気なトールの声が聞こえて来た。
「ウォーディン。あなたは僕を生かしておくつもりはあるのかな?」
「この街で権力を握る分には見逃す。それ以上を企んでいるつもりなら――覚悟して貰おう。
勿論、今回の戦いにおいては、お前の命は保証すると約束した以上、今すぐにとは言わないがな」
「その為に、アルフェリオン製品を欲しいと言っているだけなのに」
「エンジェルが人間の上に君臨すると云う考えを捨てない限り、私は貴様を見逃さぬ!」
「優秀な者が上に立つべきなのだよ」
「天は、人の上に人を作らず、人の下に人を作らず。
名言だ。聞いた事は無いか?」
「ソレが実行されていたのならば、世の中に権力などと云うものは存在せぬのだよ。
ソレを実行している人間が、世の中にどれだけ居ると言うのだ?
ソレを実行すべき聖職者に至るまで、権力というものは存在するのではないか」
「信用される人間が、権力を持つと云うのは、自然であり必然だ。それまで否定するつもりは、無い。
貴様は、この街の最高権力者に収まる程度が器と云うものだ。
人間とエンジェルが共存出来るのなら、それは理想郷の第一歩。
ソレを実行していると云う点については、私から貴様への文句など、何一つ無い」
「エンジェルが、奴隷として飼われていても、か?
エンジェルの実態を、少しでも本当に知っているのか?
本気でレースの為に飼っている人間は、むしろ少数派だ。
エンジェルは美しい。
それ故、性的玩具として扱われる例が多々あるのだよ」
「本当に主と認めた相手にそう扱われる事は、決してエンジェルにとって悪い事ではありません!」
説得力のあるセリフを吐いたのは、当のエンジェルであるクィーリー。
「むしろ、そう云った結び付きも欲しい位です。
私は、本当にアイオロス様を主と認め、彼の子供を産みたいとまで思っている位ですから!」
「それは、人間に服従する命令を、君が与えられているからだ。
苦痛に思っていたり、そもそもそう云う事に苦痛を感じるだけの知能を持っていないエンジェルが飼われているのが、現状だ!」
「苦痛に感じていたら、反抗する筈です!エンジェルの能力は、特に戦闘能力において、人間を圧倒していますから!」
「僕は、従順なエンジェルを召喚するよう依頼された事が、過去に何度もある!」
「その為の魔法を、あなたは施したのですか?」
「勿論!それがビジネスと云う物だよ!」
「ならば、あなたがそれを断れば良いだけの事!
それを実行した貴方にこそ、非があります!」
「生きる為に、仕方が無かったんだ!」
「ならば、あなたが召喚し、暴走してしまったエンジェルを狩れば良いだけの事!
ウォーディンさんに匹敵するだけの能力を持っているのなら、それもあなたには、可能な筈です!」
「彼等の人権を無視しろと言うのか!」
「『悪人に人権は無い!』。
この名言を、あなたは知らないと言うのですか!」
「世の中に、絶対的な善人は居ない!」
「それでも、暴走したエンジェルは極端な悪人の筈!
そもそも、アイオロス様がそう云ったエンジェルを狩る事には賛成するような発言をしていたじゃないですか!」
「僕自身の手で殺さぬことが、彼等へのせめてもの情け!」
「彼等を狩る事こそが、あなたの責任である筈です!」
ここに至って、クィーリーはルシファーを論破した。
「……僕がどんな仕事を選ぼうが、僕の勝手じゃないか!」
子供か、おまえ。そう言いたくなるような返事だった。