第19話 血液
狼牙にとって、外に出ないことは別に苦痛にはならない。いや、昼間ならむしろ、避けたいぐらいだった。
だが、この日ばかりは外へ行かなければならなかった。
――月曜日。
つまり、血液を買いに行く日である。
服装は、赤一色。そうした理由は、牙を隠すためのマスクとして、赤いマスクは入手出来たが、黒いマスクは入手出来なかったからである。
彼の身に着けているもの、持っているものの中で、赤くないのは血を入れる為の容器を入れた鞄ぐらいだろう。サングラスすら赤かった。
行き先は、あの口腔外科医・河合 春華の大学時代の同期生であり、その恋人でもあった刈田 雀朱が、父親の跡を継いで働く個人病院。
金さえ払えば、非合法スレスレのことまでしてくれるので、狼牙にとっては都合が良かったが、狼牙の嫌うヤクザ共が利用することが多々あり、その点に関しては気に入らなかった。
だが、背に腹は代えられぬ。仕方なしにそこを利用していた。
そして、さほど混んでいない待合室に入った時。
彼がいた。
久井 虎白が。
「よう!」
気さくに声を掛けてくる虎白。目元にはサングラス、口には白いマスク。それぞれ、狼牙と同じく強すぎる日光から目を守る為と、牙を隠す為だろう。
狼牙は露骨に嫌な顔をした。
「貴様、嫌がらせに来たのか?」
「まさか。行きつけの病院が、ここだっただけだ。
それにしても……アンタ、もっと普通の格好は出来ないのか?」
「……普通じゃないか?」
「普通じゃないね。目立って仕方が無いだろう。
アンタもヴァ――おっと、危ねぇ。
アンタもアレなのに、隠れてひっそり生きるつもりは無いのか?」
「比較的、外には出ない方だがな。だが、僕は堂々と生きる。多少、小細工はするが」
「……歯は、どうしている?」
本当は、他に人がいなければ、「牙」と言いたかった虎白と、それを察する狼牙。
「定期的に抜いている。君にも、そうすることをお勧めするよ。
……口腔外科医に、伝は無いか?」
「ない。
紹介してもらえると、助かるねぇ」
「――明後日の水曜日。
時間は空いているか?」
「ああ。俺たちに、定期的な休みは無いからな。代わりに、よほどのことが無い限り、いつでも休みを取れる」
「ここの、刈田先生の恋人だ、間違っても、手を出すなよ。
時間になったら迎えに行く。あの事務所に乗り込んでいいな?」
「構わない。
なぁ、アンタ、本気でウチに入らねぇか?
都合の良い力も手に入れたし、近々、下克上を試みるつもりだが、その為に俺を慕う子分にはウィルスを感染させたし、失敗することは、まず、ねェ。
それが成功したら、俺が組長になる予定なんだが、それを譲っても良い。名前だけの、仕事をしない組長で良い。俺が補佐をし、金だけはくれてやる。莫大な金をな。
一生、遊んで暮らせるゼ?アンタには、万が一の切り札になって欲しいんだ。な、頼むよ」
「断る。ヤクザは嫌いだ。
しかし、組を再生するのではなく、ヤクザ稼業から足を洗う為に組を潰すというのなら、手伝ってもいい。その時は、連絡しろ。
但し、その時に嘘をついて組を再結成したら……分かっているな?」
「無駄だ。今の俺には通用しない。
試しに、握力だけでも自分の身を以って、計ってみるか?」
「面白い。……今日は三日月か。三分の力しか出せないだろうが、握り潰してやる」
「出来ねェよ」