虹の刀

第5話 虹の刀

 ムーンと土鉄族は、30分間、切り結んでいた。
 
 そろそろ、お互いに疲れが見え、あとはきっかけがあれば止めるだろうという意思表示を見せ始めていた。
 
「やるな、ジイ」

「儂を『ジイ』と呼ぶな。

 儂の名はカメットだ。
 
 リックには何度言っても聞かないから諦めたが、他の者に爺とか爺さんと呼ばれたくなどない」
 
「……『ジイ』という名前では無いのか。失礼した。

 失礼ついでに。
 
 実は、本気を出していない。否、いきなり本気を出す事を出来なくしてある。
 
 信じるなら、この勝負、止めても良い。
 
 信じないなら、右手だけ本気を出す。
 
 信じるか?イエスかノーで答えろ」
 
 カメットは、どちらかと云えばイエスと答えたかったが、本気を隠しているという点については、疑問を抱いていた。
 
 間違いなく、ムーンは本気を出していた。
 
 でなければ、30分も対峙して膠着状態が続く訳が無い。
 
 しかも、実力はイーブンに近いぐらい均衡。
 
 一時は楽しさをも覚える程だった。
 
「ノーだ。お主は、本気を出していた」

「後悔する余裕があれば良いがな。

 目覚めよ、『風の英雄』!」
 
 刀を収めるムーン。
 
 その動作に伴う、僅かな風圧が、地を揺るがした。軽く、くぼむ程に。
 
「待て待て、ペクサーか!

 スマヌ、イエスだ。白旗を揚げる」
 
「ペクサーではないが、それを差し引いても尚、降伏するか?」

「ペクサーでなければ、何だと云うのだ?」

「――PECSハンター」

「嘘をつけ!最早、現代において発掘して生計を立てるだけのPECSは、遺されていない!」

「石の都を除けばな」

「有り得ぬ!あの都すら、死に絶えた!

 あそこにはただ、死の砂漠『砂の海』が広がるのみ!
 
 命を繋ぐ水や食糧の確保も不可能だ!」
 
「空でも飛べねば、な」

 ムーンが両手を広げると、その背に光の翼が浮かび上がった。
 
 そして、その足も地から浮かび上がった。
 
「――空を、飛ぶ?

 馬鹿な!PECSのエネルギーを、空を飛ぶ為に使う事は不可能だということが、最新の学説では――」
 
「制御用のソフトが必要だが、絶対に不可能では無い」

 カメットは、固唾を飲む。
 
「見つけたのか、そのソフトを……?」

「複製の技術も研究済み。

 浮遊都市の伝説をも、実在の可能性を見い出した」
 
「ハハハハ!

 面白い。面白いぞ!
 
 おヌシ、名を何と云う?
 
 儂らにも、一枚噛ませろ。協力する。
 
 儂らに何か出来る事を命じてくれ。
 
 代償は……そうだな、コイツでどうだ?」
 
 カメットは、腰の袋から脇差わきざしを一振り取り出して、ムーンに投げつけた。
 
「土鉄族に伝わる、『伝説の刀』だ。

 儂は、こ奴を手に入れる為に、故郷を離れた。
 
 AZUKIに盗まれたと聞いていたが、少し違った。
 
 10年前。石の都に、まだ人が住んでいた。
 
 その頃に、砂の海の遺跡で入手した。
 
 まだ確かめていないが、恐らく間違いない」
 
「……脇差など、要らぬ。

 俺には『光月』がある」
 
「……アクスには、同じ名前の看板をどこからか入手して、食い物屋をやっている奴がいるが――まあいい。

 とにかく、抜いてみろ。
 
 お主が抜いたらどうなるのか、見てみたい」
 
「……意味が分からんが」

 何気なく軽く抜いてみると、瞬間、虹が見えた気がしたが、気のせいらしかった。
 
 が、何故か、刀身は無かった。
 
「……何じゃ、不適合者か。

 スマヌ、お主にそいつは使いこなせぬ。
 
 他の条件を考えるから、返して貰えるか?」
 
「違う!」

 刀身の無いその刀を掲げ、角度を変えて眺めるムーン。
 
 一瞬、カメットの目にも光が見えた。
 
 透明な刀身が跳ね返す輝きを。
 
「……驚いた。いや、ようやく意味が分かった。

 その刀、名を『ALPHERION』と云う。
 
 土鉄族の言葉で、『虹の刀』という意味じゃ。
 
 おヌシ、その刀の最適合者じゃ。最早、この出会いは運命と云えよう。
 
 どうじゃ?儂らと組む気は無いか?」
 
「貴様らの目的は何だ?」

「その刀を手に入れること、だった」

「ならば、それを何故、俺に?」

 カメットは笑った。髪の毛と髭で隠れて、表情は見えなかったが、吐く息の音が笑っていた。
 
「その方が面白そうだからのぅ。

 それに、手に入れてから今の今まで、その刀の価値を、分かっていなかった。
 
 儂らには、旅の目的が必要。それを見付けた気でいるのだがのぅ」
 
「――良かろう」

 ムーンは『ALPHERION』をさやに収めた。
 
 その動作から、脇差に見えるその鞘に反し、太刀に等しい長さがあるらしいことが見て取れた。
 
「『αシステム』を起動させたついでだ。

 探知して、スターと合流しよう」
 
 日は間も無く、沈む頃合いであった。