第64話 羅針盤の真価
羅針盤の作成が始まった。
まず、水に浮かべるタイプの湿式羅針盤は、かなり簡単に作成出来た。
それに対して、乾式羅針盤は、上下完全に対称な独楽の軸を円輪が支え、さらにこれを第二の円輪がこれに直角の軸で支え、さらに第三の円輪がこれを前二者に直角の軸で支えて、独楽の回転が三軸方向に自由度を有するようにする事で、人工的に地球の磁気から自由な水平面を作り、その水平面上に方位磁針を設置するものである。
そう言われても判らん!と思うのは簡単である。
だが、文章で表現すると、そのような表現になってしまう。コレは仕方がない。
ソレを、デッドリッグ達は作り上げた。特許の申請もした。
だが、当初、その価値は理解されなかった。
何せ、遠くまで船で移動する必要が、エンピリアル皇国には少なかったからだ。
大型の船を泊める港も、この国には無い。
だが、『飛車』が発明された。
遠くまで移動する事自体は出来る。
だが、そうして新大陸を発見したりと云う利点が、『飛車』の運搬人数的に圧倒的に少なかった。
だからと云って、そうした事が可能な国に、この発明が知られるのはマズい。
デッドリッグは、羅針盤を発明した後のその扱いに、ああ、失敗したなと思った。
ただ単純に、他国に知られて利するに過ぎない発明であったのかも知れない。
だが、それも杞憂に終わりそうだった。
何しろ、デッドリッグ達転生者を除いては、その価値を理解出来ないのだから。
他国からのスパイにしても、その価値を判らないままに自国に持ち帰っても、恐らく手柄にはなるまい。
そもそもが、エンピリアル皇国は大国ながら内陸の国であり、海と接している領地は少ない。
対して、沿岸の国には、小国が圧倒的に多かった。
故に、『大航海時代』の訪れは、今のところ見込まれていない。
だからと云う訳でも無いのだろうが、羅針盤はしばらくの間、その真価を発揮出来そうに無かった。
現在、戦争がこの世界では少ないのは、圧倒的大国のエンピリアル皇国が平和主義であり、他の小国が、もしも挙兵しても、皇国によってアッサリと潰されることが目に見えているからだ。
その一方で、交易は頻繁に行われており、特に今、ケン公爵領の特産品である上白糖が、特需に沸いていた。
国から増産を急かされている位である。
又、デッドリッグの子が全員、無事に産まれて来た後に、慌てたようにバルテマーの結婚式が執り行われた。
ケン公爵家としては、それへの招待に対し、デッドリッグとローズ、ルーヴンツァンと乳母一人と云う少人数での移動で、デッドリッグとローズのみが出席の予定である。
尚、乳母の子は他の乳母に責任を持って任されている。
これで、バルテマーも子を儲ける大義名分が出来た。後は、男児が産まれる事を願うのみである。
デッドリッグは当初、男女の産み分けのノウハウを、仮説ながらバルテマーに伝えるかを迷って、結論、成り行きに任せる事にした。
それは、バルテマーならば、恐らく男児を儲ける事に、デッドリッグが確信しているからでもあり。
バルテマーも同じ仮説に辿り着いている可能性が高いとも判断したからだ。
ウェディングケーキを作るレシピも既に渡してある事であるし、デッドリッグとローズは、結婚式に関しては心配なく出席した。
問題は、ルーヴンツァンである。
皇帝陛下も皇后陛下も、「よし、参加させよう!」と言い出すし、もし参加させて泣かれたら厄介だった。
結果、皇帝・皇后両陛下を説得し、乳母に任せて控室だ。
しかし、乳幼児を育てるのは大変なものだなと悟ったデッドリッグは、7人目の子供を諦めた。
それに対しては、妻たちの理解も得た事であるし、問題は無かった。
そう。大きな問題は何もなく、ケン公爵領は発展していくのである。
領土にして、北海道程もの面積があるケン公爵領。
やがて、農業大領となるその領土は、エンピリアル皇国領であるが故に、侵略を寄せ付けない。
そして、酪農に関しても発展していくのだが、国の畜産物にして、約10%をも占める程の豊かな領土となるのである。
農産物に関しては、20%にも近い。
そして、他国と接していない事から、侵略を受ける心配も無し。
序でに言えば、正式にはエンピリアル皇国の領土では無かったが、ケン公爵領が拡大していけば、沿岸部の領土を得る事が可能であり。
他国は接していなくても、他領は接していながらに、領土の豊かさが足りない為にその領土に対して開発をする余裕が無いが故にケン公爵領に取り込まれる事になる。
そこからの発展は早いものだ。
街道整備と港湾開発を進め、大型船を造って交易に使い。
他の大陸に関しても、デッドリッグはこの世界の地図の全貌の情報を未だ完全には忘れておらず、有益な島や大陸を制していった。
ココまで来ると、ほぼケン公爵領は一国と言える規模であり。
元『飛車部員』を積極的に勧誘し、自領で『飛車開発』を進め。
もっと温暖な別大陸に移住して、独立国と化した。
ケン公爵はケン公王となり。
ルーヴンツァンはケン公王の後継ぎとして。
ルーヴンツァンの唯一の弟である、ベディーナの子・シュヴェーアトヴァルがケン公爵として後を継いだ。
それぞれ、学園を卒業した後の話であるし、その過程には少なからぬ波乱があったのだが。
ひとまず、デッドリッグとしての物語は、ここで幕を閉じるのである。
──Fin