第22話 約束
約束の水曜日。
昼食中に、携帯が鳴った。
「……はい」
どうせ虎白からだろと思って、ディスプレーもロクに見ず、明らかに不機嫌と分かる声で電話に出ると――
「……狼牙、だよね?」
「詩織!」
声を聞いて、驚きで慌ててしまった。
「機嫌、悪そうだね」
「あ、いや、……すまない。君からの電話だと思わなかったんだ。
今日の昼に、とある知り合いから電話が掛かって来る予定でね。その相手というのが、あまり好ましくない奴なもので……。
すまない」
「そう。だったらいいんだけど。
……今日の夜、会える?」
と、いつも以上に甘える声で言う、詩織。
「ああ、勿論」
「……約束、忘れてないよね?」
「……『約束』?」
狼牙はその『約束』を検索することに、しばしの時を費やした。だが、思い出せない。
「……約束なんか、したか?」
「約束、って言う程のものでもないんだけど。……返事、聞かせてくれるって言ったよね?」
「……ああ!」
ようやく、狼牙は気が付いた。詩織が、何に対して約束と言っていたのか。いつも以上に甘えるような声だったのは、何のせいだったのか。
「君と逢うまでに、考えておくよ」
「本当?じゃあ、色好い返事を期待して待つわ。
何処で逢う?」
「君の家に、直接向かうよ。家に着いたら、連絡してくれ。
赤ワインでも持っていくよ」
「ありがとー♪
じゃあ、お昼御飯、食べに行くから切るね。
……あ、例のDVD、見つかった?」
「いや。代わりに幾つか見繕っておいたから、それを見よう」
「AVでも良いよ?そういう気分が盛り上がりそうだし」
あまりの発言に、狼牙は下を向いて眉間を指で押さえた。
「……今、どこからかけているんだい?他人に聞かれるのは、あまり好ましくない発言だが……」
「会社を出たトコ。大丈夫、見知った人はいないから」
「そういう問題ではないだろう。女の子なんだから、少しは恥じらいを持ちなさい」
「だって……狼牙が焦らすんですもの」
今度はため息をついた狼牙。
「分かった。それをメインにしたものではないが、それに近いものを持っていくよ」
「……『それに近いもの』……?」
「十八禁の、エロティックなホラー映画のDVDだよ。だが、僕は興奮するということ自体が滅多に無いから、興奮でそういう気分になるのは、君一人だと思う。それでも構わないか?」
「えー。狼牙もそういう気分になるものがいいよー。……何なら、私がレンタルで用意しようか?」
今度は天を仰ぐ。全く。今どきの女の子というのは、こういうものなのだろうか?少しは、そういうことに抵抗というものが無いのか?それとも、詩織だけが特別なのか?
「必要ない。何を見たって、僕が興奮しないことには変わりは無い。
僕の言っているそのDVDも、興奮はしないが、僕にロマンティックでエロティックな気分を与えてくれる。それで十分ではないのか?」
狼牙はそう言ってはいるが、彼は詩織を見るだけで、軽い興奮状態になる。――分かるのだ。詩織が乙女であることが。
その血の美味さを想像するだけで、襲い掛かりたくなるほどの興奮を覚えるのだ。
「……ロマンティックでエロティックな、ホラー映画なの?それはちょっと……そそられるわね。
じゃ、それ持ってきてね。
またね!」
電話が切れた途端、ため息をつく狼牙。
「結婚、か……。そろそろ、本気で考えた方がいいかもな」