第39話 笑うラフィア
「――どう考えても、チャンスだな。
借りるぜ、親父さん」
一人でも起きている者を見付けたら引き返すつもりだったが、レズィンは念の為に白衣風の制服を拝借し、服の上に羽織る。
そのままボタンも留めずに、病室から外に出ようとした。
ピチャーン。
やけに大きく響く水音に、一瞬足が止まる。
辺りを見回して病室に水道の蛇口が設置されている事を確認すると、何の疑問も持たずに廊下を走り出した。
リヴァー夫妻からは研究所の詳しい構造を聞き出せなかった為、目指すのは最下層だ。
厳重に保管されているのは確かだろう。
警備の者が四六時中見張っている可能性もあるにはあるが、彼等が無事に見張っているのなら、あっさりと引き上げるつもりだ。
鍵を掛けて保管している場合も同様だ。
ここまで来たのは、最善も尽くさずに諦めるのが嫌であった為と、それがここに保管されているという実情報みたいなものが欲しかったからだ。
取り返す事に執着するつもりは、ラフィアには申し訳ないのだが、レズィンにはさらさら無かった。
まずは下へと降りる階段を探す。
ここまで降りて来たエレベーターは地上とこことでしか降りられない。
途中で見掛けた階段も、下に降りるものは無かった。
廊下を走っていて、気になる事が一つあった。
扉のような大きさのガラス窓のようなものはそこら中に沢山あるのに、扉が一つも見当たらない。
ガラスには透き通ったものと曇ったものとが見られたが、まさかそれが扉であるとは、レズィンは思わなかった。
「やっぱり、俺だけじゃあ駄目そうだな。情報が足りなすぎる。
無理やりにでも、もう少し情報を引き出しておくんだった」
廊下の端まで走って息を切らし、立ち止まる。
行き止まったそこの壁に拳を叩き付け、一度呼吸を整えるとそこの壁に背中を預ける。
落ち着いたところで懐から取り出した煙草を銜えて、オイルライターで火を付けようとするが、何度擦っても小さな火花が散るだけで火がつかない。
「どうして吸いたい時に吸えないんだよ、畜生!」
ぼやいてライターを床に叩き付けようとしたが、安いものではなかったことを思い出して思いとどまる。
結局、煙草は諦めて、しまい込む。
ピチャーン。
再び聞こえる水音。遠くから聞こえて来た訳でも、壁越しに聞こえて来た音でもなさそうだ。
見回しても、たかが一滴の水滴が落ちただけでは、見つかる筈も無い。
「アイツら、どうしてんだろうな……」
ふと、そんなことを呟いていたその時だった。
物凄い音と共に、然程離れていない所で天井が崩れ落ちた。
「キャハハハハハハハハハハハハ!」
天井に開かれた大穴から、けたたましい笑い声が聞こえる。女性の声だ。
驚いたレズィンが、僅かに迷ってからそこに駆け付けようとした時、穴から更に何かが落ちて来る。
瓦礫かと思われたソレは床に散らばった瓦礫の上に降り立ち、人影であることが確認出来た。
顔までは判別できなかったが、エメラルドグリーンの髪の毛を見れば、それが何者であるかなど、一目瞭然であった。
「ラフィア……」
レズィンが近付くまでも無く、ラフィアの方からレズィンに近寄って来る。
走るような速さで、足を動かすことなく、僅かに地面から足を浮かせたまま。
「レズィン、みーつけた。
これ、あげるぅ。たべてぇ」
何かを言おうと開きかけたレズィンの口に、ラフィアが白い飴玉のようなものを押し込んだ。
気のせいか、彼女の頬がほんのりと赤く色づいている。
「そのまま、のみこんでぇ」
「何だぁ、コレ?」
味のしないそれを口に含んだまま、レズィンは訊ねる。
ラフィアは何処か意地の悪そうな雰囲気を感じさせる笑みを浮かべると、レズィンの唇にぴとっと人差し指を触れさせた。
「ひ・み・つ。
キャハハハハハハハ!」
先程のけたたましい笑い声はラフィアのものかと思う。
口に含んだ丸いものは、噛んでも硬い感触を返すだけで、砕けそうにも無い。
レズィンはラフィアの言うとおりにそれを飲み込んだ。
それにしても、ラフィアの様子がおかしい。
やけにハイになっている気がする。
レズィンの顔を覗き込んで、「のみこんだ?のみこんだ?」と訊ねて来るので、レズィンは「ああ」と返事をして口の中を見せてやると、嬉しそうに燥ぎ出した。
そんなやり取りをしている間に、瓦礫の中で何かが動いた。
「吐き出せ!レズィン!」