最終話 竜とペンギンと
「何だぁ、コイツはぁ!」
裏庭へと駆け付けて、そこで待っていたものに、レズィンは飛び上がらんばかりに驚いた。
ラフィアの巻き起こすトラブルには慣れている筈のレズィンだが、久しぶりに驚くほどのものが待っていた。
「ごめんなさい、驚かせて。
この子、ラシュワールって言うんですよ。
ほら、ラシュワール。レズィンさんにご挨拶は?」
そこにいた巨大な生物が、喉から落雷にも劣らない声を轟かせる。
一度見れば、決して見間違える事の無い姿。
そこに待っていたのは、間違い無く竜だった。
森で見た最大級の奴に匹敵するだけのサイズがある。
その背中には、ラフィアも座って待っている。
「最近、レズィンさんの元気が無いから、思い切って呼んで貰いました。
行きましょう、レズィンさん」
「行くって、何処へ?
それに、俺は皇帝にならなくちゃいけないんだ。まだ即位式も終わってないんだぞ!」
「ランクルードさんから、こう聞きました。こう言えば、皆揃ってこの旅行を祝福してくれるって――」
ラフィアが竜から飛び降りて、レズィンと向かい合い、目を合わせて手を取る。
レズィンは心臓の鼓動で、体ごと飛び上がってしまいそうになった。
「これが、私たちの新婚旅行ですから、って」
「……え?」
レズィンは自分の耳を疑った。聞き直す間も無く、ラフィアは急に真面目な顔をして姿勢を正した。
「ふつつかものですけど、すえながく、よろしくおねがいします。
……良く意味が分からないんですけど、こう言えばレズィンさんが何とかしてくれるって言ってました。
ずっとレズィンさんの傍にいたいなら、必ず言いなさい、って。
……ひょっとして、どこか間違っていました?」
二人は見つめ合ったまま、暫しの間、沈黙を保った。
ラフィアは返事を待ち切れず、小首を傾げてレズィンの顔を覗き込んだ。
「……ハハハッ。
ジイサンも、やってくれたものだな」
悩んでいた自分が、馬鹿らしくなってくるようだった。
心の内にあった曇りが消え去って、自然と顔も綻んで行くのが分かる。
「よしっ!どこへでもついて行こうじゃねぇか!
行きたいところはあるのか?」
レズィンの表情が晴れた事でラフィアも嬉しくなり、その笑顔がより一層楽しそうな笑顔へと変わって行く。
「私、ペンギンさんに会いたい!」
「そ、それは……ちょっと寒そうだな」
美が笑いするレズィンを引っ張って、ラフィアは竜の背に乗り、後ろにレズィンを座らせた。
「平気です。レズィンさんと居れば、寒さになんて、負けませんから」
「まさか、それもジイサンが?」
頷くラフィアを見て、あのジイサンもロクな事を教えないなと思う。
「それじゃあ、シヴァン。留守番お願いね」
手を振るシヴァンを残して、竜は空へと旅立つ。目指すは赤道を越えて、南極だ。
「そう云えば、もう一つ」
「何だ?まだジイサンに余計なことを教えられてるのか?」
ラフィアが不安定な体勢で振り向いて、レズィンの身体に掴まった。
「結婚したら、こうするものっだって」
どこまでも広がる青空の中。
唇を重ねた二人を乗せ、竜は雲のあるべき高さを飛んで行く。
真っ直ぐに、南へと。