秘密裏の特訓

第24話 秘密裏の特訓

 音楽祭迄、あと一ヵ月。

 ようやく、曲の練習が始まった。

 デッドリッグだけは、歌詞を丸暗記しなければならないので、先行して練習していたが。

「はい、一度合わせて演奏してみますわよ~」

 一人、ローズだけは、余裕の様子を見せて、皆を先導していたが。

 殆どがメジャーコードで作曲された曲。それは、底抜けに明るいが、何か違和感を覚えるような曲だった。

「アレ~ぇ?こんな曲だったっけ?」

「弾き易いよう、多少のアレンジはしています」

「多少ってレベルかぁ?」

 どうも、デッドリッグには違和感が強かった。

 基本的に、メジャーコードで演奏すると、明るく感じ、マイナーコードで演奏すると暗く物悲しく感じると言われている。

 ローズが、明るい曲を求めて編曲した事は確かだ。

 だが、やはりソコには原曲と違う違和感が払拭ふっしょく出来なかった。

「ですが、知らない者に聴かせれば、それなりにウケます」

 原曲通りにいかない理由として、ローズを始めとした全員に、原曲の正確な記憶と云うのが無かったと云う事情もあった。

「歌の音程も、俺の記憶通りに歌うと、若干合わないな」

「──編曲致しましょう。

 なに、『この曲はこの雰囲気でしょう』と云うイメージを残せば、大丈夫で御座います」

「その、編曲の腕前も持ち合わせてはいないんだが」

 そこはかとなく、不安を感じるデッドリッグであった。

「残り1週間になったら、管弦楽部との合同練習に移ります。

 皆さん、それまでに何とか、曲をモノにして下さいませ」

 そうだとしたら、事前に言って欲しかったものだと思う皆であったが、ソコは前世の記憶のある皆を信用してのローズの判断であった。

「管弦楽部の方の演奏は大丈夫なのか?」

「ええ。そもそも、管弦楽部が主に練習しているのも、『ヘブンスガール・コレクション』の曲ばかりですから」

「え?なら、俺らが下手に編曲するのもマズくないか?」

「ですから、編曲した曲を練習用として、ワタクシから提供致しましたから」

 そう云えば、『ヘブンスガール・コレクション』では、ローズは管弦楽部所属と云う設定があった事をデッドリッグは思い出した。

「ローズ。君は、管弦楽部に入部する事無く、音楽祭に向けて準備していたのか」

「いえ。最初の半年は所属しておりましたよ?

 ただ、天啓てんけいの様に、ワタクシが歩むべき道が示されたので、その時期に持っていた超感覚に従っただけで御座います」

「──で、楽器からそもそも作ってしまったと云うのか。

 恐ろしいまでの執念だな。そんなにも、『晴れの舞台』を演じたかったのか」

 ローズはニコリと笑ってこう言った。

「ええ。デッドリッグ殿下が皆に認めて貰わないと、ワタクシの描いたアフターストーリーが台無しになってしまいますものですから」

「君は……このままではアフターストーリーでも幸せになれないかも知れないと云う可能性を、そんなにも早期に危惧きぐしていたのか?」

 ローズはニコリと笑顔のまま、こう言った。

「だって……確か、寒冷地を与えられる筈ですもの」

 デッドリッグは、無難に学園生活を終えた後、ケン公爵として領地を与えられる事に、若干の不安を持っていた。それが確信に至った。

 寒冷地を与えられる。その事実だけで、かなりの苦行を覚悟しなければならない。

 人は、寒さをしのぐ手段が無ければ、凍死する生き物だからだ。

 デッドリッグは、自分がかなり寒い事に気付いていた。

 だが、この道を選択肢にしてしまった以上、ハッピーエンドへと導かれる必要があった。

 そして、同時に痛い。この運命は、かなり絶望的だ。

 ヒロイン達の皆が寄って来なければ、回避できた可能性だ。だが、一人は寄って来て欲しい。その欲が、悪い形で表れた。

 事実上、世界の裏側で運命がどう動いているのか、知る術も無い。

 ただ、悲観的であってはいけない。楽観的で無ければならない。

 その事実は、くつがえしようが無い。

 否、デッドリッグはかなり楽観的であったのは確かだ。

 悲観的なのは、前世の記憶の方だけだ。

 前世の記憶を捨ててしまった筈だったデッドリッグ。だが、前世の記憶は、根深く息づいている。

 そして、この期に及んで、明るいイメージを与えるメジャーコードばかりで構成された曲たち。

 まるで、デッドリッグに『楽観的になれ』とでも、ローズからのメッセージのようでもあった。

 その上、実際には曲ではなく、作品として存在するタイトルたち。

 『デュ・ラ・ハーン』は、昨年も演奏された曲である。

 もしも『デュ・ラ・ハーン』伝説が事実ならば、卒倒する者も本当に現れかねない事態ではある。

 その上、今年は新人たちも一組、出演するのである。

 歌詞の意味もよく判らないのに熱狂するファン達。

 その熱気を浴びる迄、あと一ヵ月に迫っているのであった。

 練習に余念があろう筈も無い皆。

 果たして、成功に終わるのであろうか?

 否、成功に終わらせるべく努力するのみである。

 だが、既にほぼ失敗している事に気付く者は──否、既に皆は知っていた。

 知っていて、その上で正しく足掻く事を目指す皆だったが、本番は未だ始まってもいない。

 前座の時点で失敗していれば、それは本番が始まっても上手く行くとは思えない。

 そもそもが、何故、乙女ゲームの設定の場合は成功して、美少女ゲームの設定の場合は失敗するのか。──男がクズいからであろう。

 デッドリッグは、そんな運命とも戦わなければならない。

 そんな過酷な運命に立ち向かせるなよとは、デッドリッグは思った。

 だが、今は音楽祭の成功へ向けて、努力するのみである。

 残り一ヵ月。コレが残り一週間になると、管弦楽部とも合わせる事になる。

 一日一曲として、ギリギリのペースでの練習となる。

 そして、恐らくは前日にリハーサルをするのだ。

 一週間と言っていたが、実際には8日前からだろう。でなければ、リハーサルの時間が取れない。

 かなり、ぶっつけ本番に近い挑戦である。

 だからこそ、星の煌めきのように、音楽が華開くのだ。

 多少の失敗はしても、大きな失敗をしないよう、アドリブで乗り越えられれば、結果、成功となるかも知れない。

 そう、そのアドリブで乗り越えられるよう、ローズは基礎の特訓を3ヵ月と定めたのだ。

 そして、デッドリッグにすら秘密裏に、ローズ達ヒロイン連合は、一人一曲歌えるべく、デッドリッグが『解散』と特訓の終了を告げられてから、深夜に練習していたのだ。

 それは、本番までデッドリッグに明かされる事は無いが、何となく、皆の疲労具合が酷いと、デッドリッグも『秘密の特訓』程度の予想はしているのであった。

 やはり、バンドの華はボーカルなのだ。

 デッドリッグ一人を取っても、皆で共有した彼女たちが、『華』を譲る筈は無かった。

 ただ、その為にはアンコールを2回貰う必要があった。

 その噂だけは、デッドリッグには秘密裏に、学園内で期待されていると云う事実があった。

 でも、デッドリッグの前で練習する訳にはいかない。

 ただ、前世の自身が知っている。

 その記憶を頼りに、6人のヒロイン達はデッドリッグの耳目じもくの無いところで、練習するのであった。