第45話 神格化
イの一番に、隼那が求めるべきものは明らかであったが故に、隼那は恭次を引き連れて、ある場所にやって来た。
「アポイントメントは取られていますか?」
大和カンパニー札幌支社ビルの一階の受付で、隼那は受付嬢とやり取りしていた。
「ええ。本日の午前10時。風魔 疾刀さんとの面会のアポイントを取っております、安土 隼那と申します」
「――確かに。
では、仮入社カードを発行しますので、帰りに返却をお忘れなきよう、お願い致します。
本日限り、有効となっておりますので――」
受付嬢の案内に従い、二人は会議室に向かった。間もなく、疾刀もやって来る。
「お待たせ致しました。
ところで、ご用件は?」
「貴方一人?楓ちゃんは連れてきていないの?」
「ええ。私への面会依頼でしたもので」
「直ぐに連れて来れない?」
「――まぁ、連れて来るのは構わないですけれど、ご用件は?」
「ゴメンナサイ。本人の前でなければ言えないわ」
その返事に、疾刀は逡巡した。が、やがて――
「良いでしょう、連れて来ますよ?
ですが、用件が果たせない場合があることをご承知願います」
「構いません。
どの位待てば良いでしょうか?」
「30分……は、かからないと思います。
では、連れて参りますので、少々お待ちを」
そう言って、疾刀は会議室を後にした。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか……」
隼那はそんなことを呟いて疾刀たちの帰りを待った。
待つこと、約10分。二人はやって来た。
「やあやあ、久し振りだねぇ。
楓ではなく、僕が来たよ」
姿は楓。だが、式城 紗斗里が今、意識を乗っ取っているらしかった。
「丁度良かったわ。
紗斗里ちゃん。戦闘用のサイコソフトを、譲って欲しいの。ダメかしら?」
「ハハハッ。前回の支払いも済んでいないのに、次の催促かい?
僕がそう簡単に譲るとでも?」
「本部は未だ支払っていないの!?
判ったわ。『Swan』での利益から、費用を捻出して支払うわ。
だから、次のサイコソフトの売買をお願いしたいの」
「そうは言われても、『Gungnir』と『AEgis』をネットを組んで運用すれば、大抵の事は解決する筈なのですがね。
何か、ソレに対して問題でも?」
「……やっぱり、紗斗里ちゃんでも、その手段が最善だと判断するの?」
「ええ。当然でしょう。
最強の矛盾。それを於いて他に、何を求めます?
『クルセイダー』の総員でモスクワを襲撃すれば、相手がロシア一国であるならば、殆ど勝ったようなものだと思いますがねぇ」
「待って。私たちが露からの侵攻を警戒していることは、予想がついていたの?!」
「ええ。僕は未来予測のサイコソフト『ラプラス』を、アイディアだけ持っていて、商品化していませんから。
因みに、どの様な未来を予測しているのかは、僕の口からは言えませんし、僕の他に、知っている者は限られていると思われます」
「……限られてると云えども、複数人、その未来を予測している人が、情報を秘匿していると言うの?!」
「秘匿していますかねぇ……。割と露骨に示している人の方が目立ちますがねぇ」
「……待って。まさか、そう云う事なの?!」
「未来を築くために、人類が選択して来た現在の情報を基に、未来を予測すれば、その結果は明らかだと思いますけどねぇ」
「そんな……。悲劇を回避するどころか、ソコへ導くかのように、人類は過ちを犯して来たの……?」
「一時の利益の為に、プロのクリエイター達は未来を犠牲にして来ましたからねぇ。
尤も、その作品の中に、『希望』を含んでいるものが多いですから、一筋の希望はあるのでしょう。
でなければ、絶望的過ぎますからねぇ」
隼那は、軽く絶望した。まさかと思っていた絶望的な可能性が、ほぼ確定的だと知らされれば、心は折れるだろう。
「一応、対策はありますよ?」
ソコに、紗斗里が一筋の光明を照らした。
隼那の気持ちが、どれだけ救われたか、判ったものではない。
「その、対策を教えていただけないかしら?」
「言うのは簡単ですが、行うのは難し、です。
日本人が『八百万の神格化』してしまえれば、『唯一神』信仰に対抗出来ます。
ただ、その為にサイコソフトを一つ一つ改良する事は、僕一人の手には余ります。
疾刀が『式城 総司郎』化しても、焼け石に水です。
ただ、今現在、『神話の物語化』している日本人が、少しずつ増え始めています。
そう云った人が、もっと沢山居れば。
日本は、そう簡単に滅びる国ではありません。
因みに、在野している『神話の物語化』している人を、少なくとも二人、知っています。
一応、『日本武尊』と『天照大御神』の二柱である事だけは、明言しておきましょうかね?」
「――『月詠尊』は?」
「自称していますがねぇ。本物か偽物か、その判断が僕ですら付きません。
一応、隠れた人格がそう示して来ましたから、信憑性は少しはあると言いたいです」
「私たちも、神格化出来るのかしら?」
「少なくとも、恭次さんは『プロメテウス』の化身ですよ。
そして、隼那さんは『朱雀』の化身。
僕が全力を出しても、30分に一人を神格化させるのが限界。
尤も、『式城 総司郎』なら、10分に一人を神格化させられるだけの才能を秘めている筈なのだけれどもね」
「……待って。『式城 総司郎』は、『式城 紗斗里』以上の性能なの?」
「勿論。でなければ、僕が作る意味などありませんでしたからね」
隼那は、唾を飲み下した。
「最悪の事態に陥った場合、二人は日本を護るために活躍してくれる?」
紗斗里が、フムと一考する。
「活躍せざるを得ないでしょうね。
日本、特に北海道は、護らなければ僕らの命すら危ういですからね。
時間ごと凍り付いて世界が終わってしまう可能性がある。
その可能性を回避する為でしたら、僕は全力を以て日本を、北海道を侵略から防いでみせますよ。
例え、モスクワでマグニチュード7以上の地震を起こしてでも」
その言葉は、隼那と恭次にとって、何にも代えがたい心強い言葉だった。