第43話 祖父の残滓
「聞こえただろう。あれが世界樹の声だ」
「違う!
この声、聞いた事があるぜ!」
はっきりと断言出来る程の自信があった。
良く聞いた事のある筈の声だ。
忘れる筈の無い人物であった筈なのに、それが誰なのか、あと一歩のところで思い出せない。
『相変わらず、物覚えがイマイチの奴じゃのう。
まあいいわい」
「思い出したぞ、このクソジジイ!
どっから化けて出て来やがった!」
間違いなく、その声は亡くなった筈のレズィンの祖父、ランクルードのものだった。
懐かしい祖父の姿を思い出していくのと共に、徐々に祖父の身体が現れ始めた。
「なんじゃ、ジジイではないか。
むぅ、これではジジイと罵られても、文句も言えんのぅ」
どこからともなく鏡を取り出し、ランクルードは不満気に自分の姿を眺める。
やがてもう見るのもウンザリといった様子で鏡を投げ捨てると、レズィンの方に向き直った。
「レズィン、お前はもう少し女性に優しくは出来んのか?
可愛い儂の一人娘が、向こうで泣いておったぞ。
相手がお前なら嫁にやってもいいと、大事にしておったのを折角出してやったのに。
可愛そうに……」
そう云いながら、ランクルードは鼻を啜って泣く真似をする。付き合いの長かったレズィンには、それが演技であることは分かりきっていたので、相手にもしない。
「娘ってのは、どういうことだ、ジイサン?
まさかとは思うが、隠し子か?」
「儂は世界樹じゃからな。
世界樹と人間とを混ぜて作られたようなラフィアは、娘みたいなもんじゃ。
ついでに言っとくが、儂はお前の祖父ではないぞい。
飽くまでもお前の祖父の心のコピーを元にして作った、世界樹の意識、世界樹の人格じゃ」
「一人娘と言ったが、俺はどうなる?」
シヴァンは『一人娘』という言葉が気になったのか、口を挟んだ。
それに対してランクルードはソッポを向いて拗ねたような口調で即答する。
「お前なんか、娘じゃないやい!」
シヴァンの顔は、その気持ちと同様に複雑に歪められた。
どちらの気持ちも、レズィンには分からないでもない。
とりあえずは「まあまあ」とシヴァンを宥めてから、「そんなことより」と言ってランクルードに話を切り出した。
「ジイサンは、現状を把握しているんだろうな?」
「把握はしておる。解決は出来ん。
……そんなことより、あの娘を慰めてやってはくれんかのぅ」
「そんなものは後回しだ!
少し放っておいて、反省させれば良いんだよ!
解決出来ないなら、理由を言いやがれ!
こっちは急いでんだよ!」
「そんなもの呼ばわりとは……酷い奴じゃのぅ」
口を尖らせてブツブツと文句を言い出すが、レズィンが睨むと肩を窄めて大人しくなる。
「どの道、あの娘の所に行くのが近道じゃ。
儂では解決にならんのじゃ。
儂で解決できるのなら、あの娘をあんなに苦しめるものか。
……レズィン、儂のくれてやった銃は持っとるじゃろうな?」
現物は壊れてしまったが、今はある筈だ。
レズィンは頷き、取り出して見せる。
ランクルードは満足気に頷くと、今度はシヴァンの方を向く。
「お前には、餞別をくれてやる」
シヴァンの手を取り、自らの手をそれに重ねる。
目を閉じて少し俯き、何かを念じているように見えた。
二人の掌の間に、一筋の光が現れた。
それが徐々に形を明らかにしていくと、レズィンにもそれが何なのか分かるようになった。
「竜王の剣か」
現れたのは巨大な一振りの剣。
竜の血が染み込んでいるという、竜王の剣だった。
形がはっきり整うと、シヴァンはソレを片手で二・三度振って、調子を確かめてみた。良さ気だ。
「案内は、してやるわい。
……くれぐれも、あの娘の事は頼んだぞい」
急に真剣な顔になって、何度も念を押すように「頼む」と言いながら案内する祖父の態度からも、そして用意させた武器からも、レズィンは何かよからぬことが起きる予感を感じていた。