第3話 研究所探索
アイオロスの期待通りに、何事も無く研究所の探索をほとんど終える事が出来た。
その代わり、期待していたような収穫も、何も無い。
何のことは無い。ただ、予想外に広かった、居住区の探索を終えただけの話である。
『Laboratory』――研究室。残るは、ココしか無い。
鍵は掛かっていないようだ。ドアの開閉ボタンを静かに押す。
「――!
エンジェル!」
最初に目に入ったソレを見て、アイオロスは反射的に拳銃を構えていた。
よく見れば、それはどうやらエンジェルの標本のようだ。
大きなガラス張りの水槽に、いっぱいに満たされた透明な液体。
そこに浮かぶようにして、エンジェルが眠っていた。
そう、まるで眠っているかと思う程に綺麗な状態で、それは保存されていた。
すぐにアイオロスもそれに気付いて、拳銃を懐に収めた。
そもそも、20メートル四方ほどもあるこの部屋の端から端まで、しかも真正面からでは、エンジェルに対して拳銃は通用しないことに気付いて、アイオロスは少し反省した。
部屋に他に人影が無い事を確認して、アイオロスは水槽へと近付いた。
女性型のエンジェル。下手な防弾チョッキよりも護身性能が高いと云われる、柔らかそうに見える白い服。
肌に傷の一つも見られず、背中から生える一対の白い翼も、羽根の一枚すら抜け落ちたことがないのではないかと思われる程、綺麗な状態だ。
思わず、
「……綺麗だな」
と、洩らしてしまう。
暫く彼女に見惚れていたアイオロスは、ふと本来の目的を思い出して、慌てて周りを見渡した。
そこにあるのは、沢山のコンピューター。
クラッと、目眩を起こしそうになる。
(に、苦手分野だ……。
コンピューターじゃなくて、魔法に関わることだったら、師匠から習ったから、ある程度は分かるんだけど……)
端末の一つに近付くと、電源のスイッチを押して、コンピューターが立ち上がらない事から、それに電気が通っていない事を確認すると、アイオロスはそれ以上の努力を放棄した。
部屋の照明がついている事などから、どこかで主電源が操作出来る事は、容易に推し量ることが出来たにも関わらず。
「……ちょっと、考えが甘かったかな」
アイオロスは胸の辺りに手を運んだ。彼の着るコートには、目立たないが、胸当てを着込んでいた。
魔法で様々な加工を加えられた、所謂、そう、マジックアイテムだ。
かなり高性能な代物であるが、そういったものが、魔法科学研究所にはゴロゴロ転がっているものだと、アイオロスは思っていたのだ。
アイオロスのその胸当ては、ソレ一つでエンジェルと一対一ならば十分に戦えるほどの性能を持った代物であるが、エンジェルが完全に単独行動を取ることは少ない。
要は、それ一つしかマジック・アイテムを持っていないアイオロスでは、群れる事の多いエンジェルと、全力を出して戦い切れないのである。
だから、別のマジックアイテムを探しに、この魔法科学研究所へと来たのだ。
再びアイオロスは部屋を見回した。
何やら、訳の分からぬ大きな装置は、勿論持ち運ぶことが出来ないので役に立たない。
他には……。
一つ、目に止まった。つかつかと歩み寄った。
机などの陰になっていて分かりづらかったが、間違い無い。段々と足早になる。
台座に突き刺さった、一振りの刀。驚いた事に、その刀身は透き通っていた。
剣では無く、刀であることに疑問を持ち、様々な思いを巡らせて、アイオロスはその刀を引き抜いた。拍子抜けするほど、あっさりと。
「……透明な、金属?」
詳しく調べなければはっきりと言える事では無いのだが、ソレはガラスでも宝石でもなさそうで、まるで金属であるような感触があった。
まぁ、何にしろ、刀であることはアイオロスには好都合だ。左手に刀を持ち替えると、そのすぐ直後には、右手にも一振りの刀が収まっていた。
その素早い手捌きは、まるで手品か魔法のようだ。
「形も大きさも、ほとんど同じ、か。
大分軽いけど、……使える」
軽く振ってみると、刀身がかなり見えづらくなる。切れ味も良さそうだった。
ただ……。エンジェルが相手に刀では、切れ味に関して言えば、悪くないと言える程度のものであれば、良いと言える程で無くても構わない。その程度のものだ。
改めて刀身を見ると、そこには文字が刻まれていた。刀の名前であろう。読み上げてみる。
「えーと……『A・L・P・H・E・L・I・O・N』……。
……『アルフェリオン』と読むのかな?」