第17話 研究所の実態
「だが、その研究所にも一つだけ欠点がある。
……何だか、分かるかね?」
突然言われても、分かる筈が無かった。
特にその男は、たった今、目前で研究所の持つ圧倒的な力をまざまざと見せつけられたばかりなのだから。
大人しく首を横に振るその男を見て、皇帝は満足気に頷く。
「それは、必ずしも私に忠誠を誓っている訳では無いということだよ。致命的な欠陥だと思わないかね?
確かに、研究所のお陰で、我が国は世界一の軍事力を誇っている。
だがそれは、諸刃の剣なのだよ。
彼等がもっと協力的であれば、或いはもっと欲張りであれば、世界はとうに制圧されていた筈だ。
しかし、無闇に多くの血を流すのは、彼等の流儀では無い。世界の表舞台に立つこともな。
私は彼等に協力し、国家を彼らの隠れ蓑とする。
その代わりに、力を貸して貰っている。
君にも協力して貰った調査隊は、彼等からの要請によるものだ。
本来なら、そこに立っているのは君では無く、ステイブ中将だった筈だ。
あと10年、手を抜かずに力を尽くしていれば、研究所の恩恵にも与れたものを……。
さて、もう少し見て行くかね?」
「――いえ。あまり長居をする訳にも参りませんので」
一礼して立ち去ろうとする男の額には、冷たい汗が伝っていた。
「君には期待しているのだよ、リット君」
去り際に皇帝は声を掛ける。間違いなく、本音ではあった。だが。
「そう、本当に期待しているのだよ」
リットが完全に立ち去ってから、皇帝はそう、小声で呟く。
「彼の後、何十年かは私の掌の上で、代わりに踊って貰うつもりなのだからな」
皇帝は射撃場の奥へと向かった。リットを呼び寄せたのは、ついででしか無かった。
射撃場の奥の壁に隠された隠し扉を抜け、更にその奥に設置されたチェックゲートを抜ける。
そこから地下へと潜る階段を下ると、そこに研究所はあった。
研究所の中は広く、ちょっとした地下街の様だ。
そこでは様々な器具に囲まれた白衣の研究員たちが、多種多様の研究をそれぞれに進めていた。
道行く研究員たちは皇帝に気さくに声を掛け、また逆に、皇帝も研究員たちに親し気に挨拶をする。
皇帝は更に奥へと足を進め、取っ手の無い扉を指紋の照合で開くと、その奥に現れたエレベーターを利用して1階下に下りた。
その階にある、一つの部屋に足を踏み入れると、そこに設置された数人の研究員が取り囲むカプセルへと近付いた。
カプセルの中には、年老いてはいるが頑健そうな男が横たえられていた。
「見事な人形だ。これなら十分に欺けそうだな」
皇帝はカプセルの中のソレを人形と云う。だが、動かないという一点を除けば、それは決して人形のようには見えない。
「100年もの研究の成果だ。当然だろう。
50年前に利用した試作品は、お粗末なものだったがね。
ただ惜しむらくは、この技術を応用して生かす術が、今のところ見つかっていないということだな。
傷つければ、人と同様に血まで出ると云うのにな。
ところで、踊り手たちの方は順調なんだろうな?」
研究員の一人が、皇帝ゼノ・ヴァリーへとそう話し掛けた。
ゼノは答える。
「問題無い。ひと月ほど待ってから、彼等が動く機会を用意してやれば、彼等も行動を起こしてくれるだろう。
出来る事なら、僕の跡を継ぐ者が居れば良かったのだろうが……まさか、これだけの人数が居て、誰一人として自分の研究から離れようとしないとは、思いもしなかったよ」
「はっはっは。
皆、好きでやっていることだからな。それも仕方が無かろう。
――そう云えば、君だけだったな。この人形が役に立つと、50年前に思っていなかったのは」
「100年も経てば、誰かが代わってくれると思っていたからな」