研究所の兵器

第16話 研究所の兵器

 帝国の心臓部。
 
 政治と軍事の中心。
 
 皇帝の宮殿では、ちょっとした噂が流れていた。
 
 大規模な人事異動。
 
 それに伴い、長年不在であった大将の任官。
 
 特に、未だ明かされていない大将の候補者が、その話題となっていた。
 
 第一候補には、唯一の中将であり、長らく皇帝の副官を勤めて来たステイブの名が、当然のように挙がっている。
 
 だが、ステイブ自身はそれが自分では無い事を知っていた。
 
 皇帝から直に、新たな副官が近々任命されることを聞かされていたからだ。
 
 ところがそうなると、大将となる者が誰なのか、ステイブ中将にも分からなくなってしまう。
 
 ヘタをすれば、研究所から抜擢される恐れもあった。
 
 だからこそ、中将は行動を急いだのだった。
 
 そして。
 
 それこそが、皇帝の狙いであった。
 
「私が皇帝となってから、既に50年。

 長すぎたと、自分でも反省しているのだよ」
 
 二人の他は誰もいない廊下を歩きながら、皇帝は傍らの男に向かって云った。
 
「10年前までは、優秀であった者たちばかりだ。理由も無しに首を切る訳にもいかない。

 都合良く、無能な者たちばかりが反乱に荷担してくれれば良いのだがな」
 
「些か、危険すぎたのではありませんでしょうか?」

 連れ添いの男が訊ねる。その男が何者であるかは、今は明かさぬ方が良いだろう。
 
「覚悟の上だ。

 その結果がどうあれ、私は引退するのだ。
 
 後継者も用意してある以上、この国にとって問題はあるまい。
 
 万一、私が命を落とす事になろうとも、な。
 
 既に要所は、真に信用出来る者たちで固めてある。
 
 加えて、万一の場合には研究所が動く。
 
 彼らは無敵だ。例え世界を敵に回しても、対等に戦える。
 
 君は、この仮面を付けた者に従い給え。
 
 私の後継者は、必ずこの仮面を被っている。
 
 君が、あの中将以上に優秀な副官となるならば、彼も必ず私に匹敵するだけの優秀な皇帝となるだろう」
 
「心得ております。

 ところで、レズィン・ガナットの方は、どうなされますか?」
 
「ふむ……」

 仮面の皇帝は口元を右手で覆い、考える素振りをする。
 
「……彼の連れも含めて、中将自身に探し出させ、連れて来るように命じておこう。

 データを改竄かいざんしたせきめるついでにな」
 
 二人は廊下の端に突き当たり、扉の前でその歩みを止めた。そして皇帝自身がそのノブを握り、捻る。
 
「今日、君を呼んだのは他でもない。皆を代表して、研究所直属の兵士たちの能力を見せておこうと思ってな。

 何故見せるのかは君自身が判断し、誰にどの程度話すのかも君自身が決め給え。
 
 例えココで見た事全てを誰に告げようが、責めはせぬ」
 
 扉がゆっくりと開かれた。
 
 そこは、少々手狭な射撃場だった。
 
 顔を奇妙な仮面を被って隠し、服の上には透明の装甲服を着た者たちが、見慣れぬライフルを持って、射撃の練習をしている。
 
「――随分と異様な出で立ちですね」

「特殊装甲服を見せる為に、わざわざ着ていてもらうように頼んでおいた。

 的を見給え」
 
 的は、これもまた、透明な板に同心円を幾つも描いたものだった。
 
 遠くて男の目には見えなかったが、その板には何本も針のようなものがめり込んでいた。
 
「見ていても分かるだろうが――違ったな。分からないだろうが、音も無く反動も僅かなもので銃弾を放つことが出来る。

 着弾してもあの的では音もないからな。引き金を引く動きしか分かるまい?
 
 一つ、面白いものを見せよう」
 
 皇帝が傍で練習していた男に耳打ちすると、その男は目の前のコンソールのマイクに向かって何事かを告げる。
 
 すると、機械のアームによって的の前に厚みのある鉄板のようなものが用意された。
 
 射撃手はその鉄板に向けてライフルを構える。
 
 何の前触れも無く引き金が引かれると、音も無く銃弾が放たれた。そして――
 
 ドォンッ!
 
 激しい音と共に鉄板に穴が開いた。見ていた男の目も見開かれる。
 
「驚いたかね?

 だが、これ程の銃を、たかが反乱の鎮圧には投入せんよ。装甲服は使うつもりだがね。
 
 的の様子も見せてもらうこととしよう」
 
 コンソールが操作され、その的が鉄板と共に手前へと近付いて来る。
 
 鉄板は、10センチもの厚みがあった。
 
 そして、的には無数の針がめり込んでいるのが、今度は男の目にも明らかになった。
 
 しかも、一つを除けばその針は、的の中央部の直径およそ3センチ程の範囲に収まっていた。
 
 100メートルほどの距離を置いて、その命中精度ということは……あとは云う必要もあるまい。
 
「彼等の身に着けている装甲服は、その的と同じ素材で出来ている。

 ソレに通用する兵器は、現在、個人で携帯出来る物では研究所以外には、所持している者はほとんどいないだろう。
 
 実は一昔前なら、化学兵器や衝撃だけで吹き飛ばして、最低でも気絶させられるだけの能力を持った兵器はあったのだが、条約の規制や、材料の不足で、現在はほとんど残っていない。
 
 そんな装甲服が、今回、大衆の前に初お目見えということになる。
 
 どうだね?感想は?」
 
 訊ねられても、男は息を飲んだまま、しばらく絶句しているしか無かった。
 
「――確かに、陛下が研究所を無敵だと仰る意味が分かった気がします」

「だが、その研究所にも一つだけ欠点がある。

 ……何だか、分かるかね?」