研究所の事情

第13話 研究所の事情

「お二人共、魔法科学研究所はご存知ですか?」

 頷く。それは少々意外な問い掛けであったので、アイオロスはちょっと驚いた。
 
 実は、魔法科学研究所の存在は、あまり知られていない。
 
 調査はおろか、正確な位置が公式に知られているのは、果たして3ヵ所、あるかないか。
 
 知られていない理由ははっきりしている。その近くにはエンジェルが良く現れ、近付いた者が生きて帰る事は稀であるからだ。
 
(師匠から、かなりの数の研究所の場所を教えて貰ったけど、他人には教えるなと言われたからなぁ)

 アイオロスは、彼の師匠がエンジェルと戦えば良いのにと思い、何度か進言したことがあるのだが、それには返事を濁したまま、アイオロスの師匠は突然、修行の終わりを告げて、アイオロスの前を去って行った。
 
 元々、アイオロスが無理に押し掛けて弟子入りしていた為、修行は例え中途であろうとも、師匠の都合の良い間だけ、都合によってはすぐに止めるといういう約束だったので、アイオロスに文句は無かった。
 
 だが、その修行の終わりがあまりにも突然であった為、そのお詫びだと言って渡された鎧が、今、アイオロスが愛用している空翔ける鎧『フライト・アーマー』である。
 
 コレのお陰で、アイオロスは今までエンジェルとも対等以上に戦って来ることが出来た。
 
 アイオロスはコレも、師匠が魔法科学研究所から拾ってきたものだと思っていた。
 
「実は、この街の近くで、新たに魔法科学研究所が見つかったので、一緒に向かう仲間を探していたところなのです。

 まあ、私たちは未だ、エンジェルとの対戦経験が無い為、出来れば強い人、更に欲を言うならば、エンジェルとの交戦英検者をと、ココに来る前の都市で探していると、偶然、伝説の『風の英雄』アイオロスさん――つまりあなたが、つい先日、この街を目指して旅立ったという情報を入手しまして。
 
 あら、ごめんなさい。スープが届いたようですね。
 
 召し上がりながら、私の話を聞いてはいただけないでしょうか?
 
 あ、店員さん。私には日替わりランチセットを。トールはどうする?」
 
「俺は、それを三人前」

「三人前となると、追加料金をいただきますが、よろしいでしょうか?」

「ほらよ」

 ポケットから、皺だらけになった50ドル札を取り出し、トールはそれを支払った。お釣りは30ドル。
 
「畏まりました。少々お待ち下さい」

「と云う訳で、急いでこの街を目指したのですが、まさか追い越すとは思っていませんでしたので、あと三日ほど待って、それでダメなら他を当たろうとしていたところです。

 あなたに来ていただければ、これほど心強い事は無いのですが……」
 
 アイオロスとクィーリーは気まずそうに見つめ合い(クィーリーの方は良く分からないが、そうだと思って見ると、口元が何となく気まずそう)、やがてアイオロスが話を切り出してみた。
 
「それって、この街から北東に100キロほど先の……」

「……!

 知っているのですか?」
 
 フラッドが大袈裟なリアクションで身を乗り出してきた為と、アイオロスが感じた気まずさも手伝って、彼女に気圧されたアイオロスは、背筋をピンと反り返る程に伸ばした。
 
「……多分、もう無いと思いますよ」

「……何故、そう思われるのです?」

 恐らく、アイオロスの言った「無い」の意味と、フラッドの解釈したその言葉の内容は、間違い無く違うだろうと思いながら、アイオロスは話を続けた。
 
「先日、僕がそこに行ったばかりなのですが……。

 その……。そこに行って、ちょっと派手にエンジェルと戦ったり、エンジェルがわざわざ研究所を壊そうとしていたり、色々な事情があって……ちょっと……」
 
 フラッドが眉を顰めたのを、アイオロスは伝えようとしたことが上手く伝わらなかった為だと思ったのだが、実際は違う。
 
「……エンジェルが研究所を?

 アレは今、エンジェルの住処と化しているのが殆どで、わざわざ壊すとは、とても信じられません。
 
 それに、壊れたと言っても、たかが知れているでしょう。
 
 あなたが行ったのなら、私たちが行っても、何も収穫が無いかも知れませんが……それでも、念の為に行ってみるつもりですよ」
 
「おい、フラッド。俺は嫌だぞ。行っても無駄なら」

「トールは黙ってて。

 例えば、コンピューターなどがあったら、そこから情報と云う収穫を得ることが出来るかも知れませんし……」
 
「いや――」

 自分が誤解していた事に気付いて、考えをまとめながらアイオロスは言いかけて、ちらりとクィーリーの様子を窺うと、彼女は背中を丸め、肩をすぼめて小さくなり、わずかに露出した肌を真っ赤に染めていた。
 
 クィーリーの方もちらりとアイオロスに視線を投げ掛けて目が合うと、ますますその身を小さくする。
 
「それが……少々言いづらい事なのですけど……跡形も無く、綺麗さっぱりなくなっていまして」