第27話 皇帝のやり方
「だからね、レズィンさんは……危ない!」
ガシャーン。
陶器の割れる音。それと同時に、レズィンにだけ鈍い音が聞こえた。同時に、頭部に鈍い痛みも。
目の奥に火花が散り、意識が遠のくのと共に床に倒れ込む。
「何てことするのよ、兄貴!」
遠退く意識の中、フィネットの叫び声が聞こえた。それに応える声までは聞き取れない。
レズィンを大きな花瓶で殴ったのは、リットだった。
騒ぎ立てるフィネットを、一喝して黙らせ、倒れたレズィンを蹴飛ばして転がし、その懐をまさぐる。
「奇遇だな。私が皇帝を不審に思い始めたのも、丁度その事件が切っ掛けだ」
リットは銃をレズィンに突き付けると、頬を叩いて目を覚まさせる。
「昨日は油断したよ、レズィン。あの女、防弾服を身に着けているとはね。
さあ、今度こそ話して貰うぞ」
コートのポケットを一通りまさぐって、リットはレズィンを再びうつ伏せにする。
背中に膝を乗せて押さえつけ、銃はフィネットに向けた。
「どうした、レズィン!」
「動くな!」
飛び込んで来たシヴァンを見て、今度は銃口をレズィンの頭へと向けられる。
「まずは防弾服を脱いで貰おうか」
「『ボウダンフク』?何の事だ?」
シヴァンの服には、胸の中央に穴が開いている。そこから見える肌には傷一つついてはいない。
「……着ていないのか?
そうか。それは好都合だ」
まさか生身の人間が銃弾を弾ける等とは思う筈も無く、リットは油断さえしなければ大丈夫だと思い込んでいた。
人質として、或いは貴重な情報源として、シヴァンは部屋の中、壁際へと呼び寄せられる。
「フィネット、お前は部屋から出ていろ」
「出て行くのは兄貴の方よ!
私の父さんと母さんを返してぇ!」
「私はやっていない!」
悔しそうに床を睨み、リットは絶叫した。
フィネットが呆気に取られた表情で動きを止める。
「誰が……誰が恩のあるあの二人を殺すものか!冗談では無い!
皇帝に頼まれたのだ。
そういうことにしてくれなければ、家族にまで処罰を下すと脅されてな!
私とフィネットが助かる為の、止むを得ない処置と云われたのだ!」
「嘘……。
じゃあ……じゃあ、何であたしに云ってくれなかったのよ!」
「口止めされていたからに決まっているだろう!」
もしここに、ステイブ中将のように、皇帝のやり口を良く知る者が居たならば、その位はやりかねないと思い、そう云ってくれただろう。
「それが……皇帝のやり方なのだ……」
残念ながら、そんな人間はここにはリットしかいなかった。
それだけに、今の彼のセリフでは説得力に欠け、云うだけでは理解して貰えない事が、彼にはこの上なく悔しかった。
「それでもその時は未だ、陛下を信じていたよ。それが陛下の恩情だと思って。
だから、私は国の為ならどんな汚れ役も引き受けた。親殺し以上の汚名など、考えられなかったからな。
それしか私に残された道は無いと思っていた。
1年程前、ステイブ中将の下で働く機会が訪れた。
私が次の副官候補であることも知らずに、彼は私にこう云った。『君はこの国に、不満は無いかね?』と。
最初の内は、部下の不満をしっかりと聞き上げる、立派な方なのだと思っていた。
私はレズィン程に頭の回転は速い方では無いからな。
話が進むにつれ、妙な方向に話を持っていかれているのに気が付いた。
すぐさま私は独自のルートで陛下に密告をし、そのまま潜入して様子を探るように指示を受けた。
私が協力を申し出ると、中将は喜んだよ。
そして、そのお礼として一つの情報を私に教えてくれた。
私の両親――育ての親が、研究所の何処かで生きている事を」
目に涙を溜めていたフィネットが、見る見る内に喜びで顔を輝かせ始めた。
「……本当……なの?」